本集简介
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编年史
クロニクル
大家好,我是主持人野村高文。
こんにちは、パーソナリティの野村高文です。
今天的嘉宾是龙谷大学副校长深尾正隆先生。
本日のゲストは、龍谷大学副学長の深尾正隆さんです。
龙谷大学源自17世纪创立的净土真宗教育机构,并将在2027年设立两个新学部。
17 世紀に創立された浄土真宗の教育機関をルーツに持つ龍谷大学なんですが、2027 年に 2 つの新しい学部を設立します。
分别是环境可持续性学部和信息学部。
それが環境サステナビリティ学部と情報学部です。
地点位于滋贺县大津市的濑田校区。
場所は滋賀県大津市にある瀬田キャンパス。
我事先做过调研,感觉这两个学部都是顺应时代大趋势的举措。
私も事前にリサーチしたんですけど、いずれも世の中の大きな流れを反映した取り組みのように感じました。
因此在本期播客中,我们想请深尾副校长谈谈创建这些学部的真正意图,以及背后对社会发展的洞察。
そこで、今回のポッドキャストでは、深尾副学長に学部創設の真意、そしてその背景にある社会への目線を伺っていきたいと思います。
那么,请开始正片内容。
それでは本編をどうぞ。
接下来,有请今天的嘉宾——龙谷大学副校长深尾正隆先生。
では、本日のゲストは、龍谷大学副学長の深尾正隆さんです。
请多关照。
よろしくお願いします。
好的,请多指教。
はい、よろしくお願いします。
首先请允许我介绍一下深尾先生。
まずは、深尾さんについてご紹介をさせていただきます。
深尾先生出生于1974年,在滋贺大学研究生院取得硕士学位后,于1998年就任特定非营利活动法人京都NPO中心的事务局长。
深尾さんは 1974 年生まれ、滋賀大学大学院で修士号を取得された後、1998 年に特定非営利活動法人京都 NPO センターの事務局長に就任されます。
2012年还创立了Plus Social株式会社,作为社会企业家活跃于业界。
2012 年には株式会社プラスソーシャルを起業されるなど、社会起業家としても活動されます。
同时他也具备学者身份,2010年就任龙谷大学法学部副教授。
一方で、研究者としての顔もお持ちでして、2010年には龍谷大学法学部の准教授に就任されます。
随后在同校担任教授,自2022年起出任副校长一职。
そして同学の教授を経て、2022年から副学長を務められています。
因此,我们非常欢迎您来到新闻连线节目。
ということで、ニュースコネクトにようこそお越しくださいました。
好的,请多关照。
はい、よろしくお願いします。
那个,之前您曾参加过龙谷大学的播客电台节目,但像这样的视频播客录制感觉如何呢?
あの、以前、以前は、あの龍谷大学さんのポッドキャストリタクションラジオにもご出演いただきましたけど、あの、こういうビデオポッドキャストの収録っていかがですか。
啊,是第一次尝试,光是麦克风就让我有点紧张了,加上摄像机确实氛围不同,不过这个演播室环境非常令人放松,我很期待。
いや、初めてで、あの、なんかマイクだけでも緊張するんですけど、カメラがあるとちょっと違う雰囲気ではいただけど、なんかこのスタジオが非常に落ち着いた雰囲気なのではい楽しみにしています。
谢谢您。
ありがとうございます。
其实我现在也还没习惯被这么多摄像机围着讲话呢。
私もいまだにあのカメラ何台にも囲まれて話すっていうのは慣れてないですね。
确实是这样呢。
そうですよね。
对对,确实有点不适应呢。
はい はい、ちょっとあれなんですよね。
果然有镜头在的话还是会有点不自在,总觉得眼睛都不知道往哪放了。
やっぱカメラがあると若干そうですよねなんかちょっとこう、目がね。
没错,就是这样。
はい、そうですね。
不过今天我还是希望能在这里和大家愉快地聊聊天。
ただ、今日はここで楽しくお話したいと思います。
请多关照。
よろしくお願いします。
那么,今天我想从深尾先生的视角出发,向您了解龙谷大学的新校区规划。
ということで、今日はですね、あの深尾さんの視点から、龍谷大学の新キャンパス構想について伺っていきたいと思います。
那我们就赶紧进入正题吧,首先介绍一下我们的节目,本节目一直致力于向各位听众介绍全球的大趋势。
で、まぁ早速ちょっと本題に入りたいと思うんですけど、あの、この番組ですね、あの世界のメガトレンドをあの、リスナーの皆さんに伝えている番組でして。
我觉得听众朋友们都非常关心当下究竟处于一个怎样的时代,这是目前一个很大的主流需求。
やっぱり大きな流れとして、今がどういう時代なのかというのに結構リスナーさんが興味をお持ちだと思います。
所以首先,作为第一个问题,深川先生您不仅站在龙谷大学的讲台上,身为龙谷大学的教育工作者,同时还拥有社会创业者的身份。
なので、最初、質問の皮切りとして、深川さん、本当に龍谷大学の教壇に立っている、龍谷大学の教育者であるお立場と、あとは社会起業家としての顔もお持ちだと思うんですけど。
首先想问问您是如何解读当今世界的潮流、我们正处在一个怎样的时代呢?我自己总觉得整个社会有种挥之不去的迷茫,或者说动荡不安的感觉特别强烈。
今の世の中の潮流、どんな時代なのかっていうところをまずどう読み取っていらっしゃいますか なんかこう、やっぱり悩みというか、こうなんかこう、揺らいでる感が半端ないなっていうかなんか。
我现在一直在做相关的事情,不知道各位有没有听过“影响力投资”这个词。
僕自身は今、あのインパクト投資っていう言葉、聞かれたことあります。
我大多时候会参与构建影响力投资的框架,那些投资人们如今是怎么看待这个社会的?要是放在以前,说起投资人,大家总会觉得只要能赚钱就行……
インパクト投資のフレームワークを作るし ことが多いんですけど、ああいう投資家たちが今、社会をどう見てるかっていうか、これまで投資家っていうと、やっぱり儲かれば。
原本那个只追求利益的时代已经过去了,现在大家开始着眼于社会议题——比如意识到奴隶制绝对不可取,投资者们也开始从人权问题、环境问题这些角度出发思考问题了。
いっていう世界だったのが、社会のことを考え始めるっていうか、奴隷はやっぱりダメだよねとか、人権の問題とか、環境の問題とかっていうことを投資家が目線で考え始めて。
投资者们还把这些理念落实到了投资行为里,我觉得从某种意义上来说这是个很有意思的时代,这其实是对过去过度发展的资本主义的一种回调,重新回归对社会本身的关注。
投資行動にそれを反映させるっていうところも 見てもですねなんか、いや、ある意味で面白い時代だなと思うのは、そういう、やっぱりこう、行き過ぎた資本主義の揺り戻しというか、やっぱり社会の。
所有人都开始意识到,如果不共同思考社会的未来就会出大问题,其实大家都抱着这样的危机感。一直以来我们深信不疑的那些理所当然的事,如今也开始被动摇了。
ことをみんなが考え始めないとなんかもうダメだっていうなんか危機感というか、これまでのなんか私たちが当たり前だっていうふうに信じてきたことが、ちょっとやっぱりこう、グラついてきてる。
而要如何把这种动摇引导向积极的方向,各个领域、各个参与方都在为此思索、努力,想要找到应对的办法。
で、このグラつきを、なんかいい方向にどういうふうに持っていくかっていうことに、いろんなセクターっていうか、いろんなプレーヤーがそれをどうこう、やっぱりこう。
感觉大家都在努力将这股潮流引向所谓的社会性方向,或者说正在为此苦心经营。
わゆるソーシャルな方向にとか持っていくかっていうことに苦心しているというか、努力しているなんかそんな潮流を感じていますね。
嗯,确实如此,为什么呢?
うん、確かにそのなんでしょうね。
如果每个参与者都只追求经济合理性,恐怕地球都要毁灭了吧,这种氛围确实存在呢。
各プレーヤーが経済合理性だけ追求すると、もうこう、地球が滅びるんじゃないか、みたいななんか、そういう気運はありますよね。
没错,无论是极端气候现象,还是我们生存的意义,尤其在日本,有这么多人深受抑郁症困扰的社会现状。
そうですよねなんか、異常気象とかもそうですし、なんか私たちがこう生きていくっていうことの意味とかなんか、日本なんか特にそうですけど、なんかこれだけうつ病で苦しんでる人たちがたくさんいる ような社会っていうこととか。
甚至发展到人们不得不选择自杀的社会,这样想来,从动物性的角度看,我们确实生活在一个充满矛盾的社会中。
自ら死を選ばなければいけないような社会というかなんか、そういうふうに考えると、やっぱりなんか動物として見た時にっていうかなんか無理がある社会の中で。
我们不得不重新直面'原来我们真的还活着啊'这个事实,同时在这个社会里努力恢复人性,思考如何构建更美好的社会,这种重新审视和各种挑战正在兴起。
我やっぱり生きてんだなっていうのを、改めてこう、突きつけられるっていうか、そういう社会から、やっぱり少しでも人間性を回復しながら、いい社会にしていくかっていうことの、なんか問い直しとか、いろんなチャレンジが起こっている。
我有这样的感觉。
そんな気がしますね。
人性的恢复确实如此,感觉人们被迫做着违心之事,或者说不得不处于这种境况中。
人間性の回復っていうのはまさにそうですねなんかこう、無理があることをさせられてるというか、せざるを得ないような状況になってる感じもしますよね。
虽然我们一直认为这是理所当然的,但其实并非如此。
それがね、我々当たり前だって思ってきたけど、そうじゃない。
从这个意义上说,我们需要善用技术,让自己更幸福。
そういう意味では、テクノロジーなんかもうまく使いながら、私たちがよりハッピーに。
同时,在探索如何以可持续的方式生活的过程中,特别是以年轻一代为中心,出现了各种工作方式和生活方式。
そして、なんかこう、持続可能な形で生きていくっていうことの模索っていうかねなんかそういう中で、こう、いろんな、特に若い世代を中心に、いろんな働き方とか生き方とか。
新的价值观正在萌芽,我真心希望能建立一个不让这些价值被埋没的社会,一个人人都能自由发展的社会。
価値観が芽生えてきてるのでなんかそういうのをこう積まないような社会っていうか、みんなが伸び伸び生きれる社会になればいいなっていうのは本当に思いますね。
虽然有点偏离主题,但影响力投资不仅追求经济合理性,还致力于投资于改善地球环境和社会的项目。
ちょっと、少し本題から外れてしまうんですけど、インパクト投資って経済合理性だけではなくて、それが例えば地球環境だとか、世の中を良くするものに対して投資をしていこうというものだと思うんですけど。
在国际政治方面,听说特朗普政府上台后,这种趋势似乎有所逆转,深川先生您实际感受如何?
国際政治で言うと、トランプ政権が発足して、ちょっとその、そういう潮流っていうのが 揺戻されたんじゃないかみたいな話も聞いたりするんですけど、深川さんの実感としてはいかがですか。
比如影响力投资和环境问题,美国退出巴黎协定,不再发挥领导作用。
例えば、インパクト投資もそうですけど、環境の問題なんかも、パリ協定から離脱したりとか、アメリカがイニシアチブを取らなくなってきている。
不过,我经常和企业人士交流,从某种意义上说,这是一个巨大的机会,之前的脱碳趋势更像是赶时髦。
ただ、僕はよく企業の皆さん方とも話するんですけど、むっちゃ大きなチャンスが そういう意味では来て、これまでの、なんかこう、脱炭素とかっていうのは、どっちかというと、こう、流行りみた。
我觉得这在之前多少有点跟风的感觉,但现在不管特朗普说什么、做什么,这都已经是板上钉钉的既定路线,是一个根本无法回避的问题了。
いなところが若干あったと思うんですけど、ただもうこれはトランプがどう言おうが、どう動こうが、もうこれは多分既定路線というか、あの、もう避けて通れない話なんですよね。
哪怕从科学的角度来看,结论也是一样的。
これはもう科学的に見てもそうだと思うんです。
所以说,如今美国反而主动收起了大旗、开始在这件事上抽身,反过来日本的产业界如果能积极投身这类事业的话。
で、アメリカがそういう意味では今、旗を下ろしたっていうか、ちょっと距離を空け始めてる間に、逆に言えば日本の産業界がこういったことを積極的に取り組んでいくことによって。
等到后特朗普时代,我们其实就能取得巨大的领先优势。
ポストトランプの時代に、実は大きなリードできる。
其实在某种意义上,我觉得我们应该往这个方向看:我们是有可能在这个领域引领全世界的。
要は、ある意味で、この分野で世界を引っ張っていくことができるっていうことの可能性っていう方向に見た方がいいなと思うんですね。
并不是说美国往后退了一步,全世界就都要跟着后退。确实美国因为特朗普带来的冲击已经开始退缩了,但包括欧洲在内,这个大趋势是不会停止的。
アメリカがこう一歩引いたから、世界全体が引くっていうことではなく、やっぱりアメリカはトランプショックで引いてますけど、だけど、ヨーロッパも始めとしても、この流れは止まらないので。
我觉得在这样的背景下,如果我们能和各国携手合作,加速推进相关的行动,长远来看,我们其实处于一个能牢牢掌握世界主导权的位置。
そういう中では、もういろんな国々と協調しながら、こういう取り組みというのを加速度的に進めていくことで、実は長い目で見たら、かなり世界のイニシアチブを取れるポジションにいるのではないかなというふうには思いますね。
也就是说,美国从原来的立场退出之后,日本就有很多可以发挥作用的空间了,对吗?
アメリカがその立場からある意味どいたから、そこに日本ができることは多いんじゃないかということですね。
明白了。
わかりました。
刚才您也提到,深尾老师您感受到了这样的发展趋势。而在这个大背景下,龙谷大学计划在2027年增设两个学院,分别是环境可持续发展学院和信息学院。
そんな潮流を今、深尾先生としては感じ取られているということなんですけど、その中で龍谷大学がその 2027 年に環境サステナビリティ学部と情報学部、2 学部ですね。
这两个学院会同时成立。
こちらをその同時に開設されます。
首先能不能先请您介绍一下这两个学院分别是做什么的呢?
まずはそれぞれどういう学部なのか伺ってもいいですか。
是的,非常感谢。
はい、ありがとうございます。
龙谷大学是日本历史最悠久的大学之一,将在2039年迎来建校400周年。为了迎接这400周年的节点,我们曾深入探讨,希望明确未来我们要办成一所怎样的大学。
龍谷大学は 2039 年に 400 周年を迎える日本でも一番古い大学の一つなんですけど、この 400 周年に向けて我々がどういう大学でありたいかっていうことをかなり考えて議論したんですね。
为了迎接2039年这个节点,我们推出了一个俗称‘构想400’的规划,还制定了一项为期20年的长期愿景。
で、こう 400、2039 年を迎える時のために、構想 400 と我々、通称呼んでますが、こう 20 年間の長期ビジョンを作りました。
在这个愿景里,当我们思索究竟要始终建设怎样的社会时,其实和刚才聊的内容是相通的,那就是要打造一个所有人都能作为人幸福生活的社会。
その中で、私たちは やっぱりこう、どういう社会であり続けたいかって言ったときに、先ほどの話ともつながりますけど、やっぱりこう、みんながハッピーに人として生きていける社会っていうことを。
我们确实想要打造出这样的社会。
やっぱり作り出したい。
为此,我们非常认真地思考了大学究竟能为此做些什么,也正是在这个过程中,我们宣布要成为推动社会变革的核心力量。
そのために何かこう、大学として何ができるのかっていうことをかなり真剣に考えて、そういう中で社会変革の中核的担い手になるっていう ということを宣言したんですね。
当然,光靠大学一己之力根本不可能改变社会,所以我们希望能和各方人士通力协作,打造出一股共同推动社会向好发展的浪潮。
これは何かというと、もう当然大学だけでは社会を変えるなんてことできないんですけど、いろんな人たちと協力し合って、社会をより良くしていくっていうムーブメントを作っていきたいと。
在这个大前提下,当我们着手筹备新学院、推进新的学科建设规划时,我们一直在思考两个问题:究竟要怎么做才能让社会变得更好?如果对照龙谷大学现有的院系结构,目前还有哪些环节存在不足?
そういう中で、我々学部を、新しい教養展開を作るという時に、何がそういう社会をより良くしていくとか、今、龍谷大学のある学部構造の中で言ったら何が足りないだろうということと。
我们经过充分思考,明确什么能为我们打造优势,最终决定在2027年设立环境与可持续发展学部和信息学部这两个学院。
何が我々にとって優位性があるかということをかなり考えて、環境・サステナビリティ学部という学部と情報学部という学部を 2027 年に作るということを決めました。
那当初是在怎样的讨论中,意识到我们缺少什么、又拥有什么优势,最终敲定这两个学部的呢?
何が足りなくて、何が優位性、それぞれどういう議論の中から出てきたんですか。
没错,这两个学部会建在我们位于滋贺县的濑田校区。想必大家都知道,滋贺县有琵琶湖,就算没听过滋贺县,也一定知道琵琶湖这个地方。
そうですね、この 2 つの学部は今、滋賀県に瀬田キャンパスというキャンパスが我々あって、そこで作るんですけど、実はご存知のように、滋賀県って琵琶湖があって、滋賀県のことを知らなくても琵琶湖はみんな知ってる。琵琶湖。
对,琵琶湖的印象是最深刻的了。
の印象が一番強いですよね。
确实是这样,这件事有它的两面性,但琵琶湖本身可以说是日本环保运动的重要先驱,当年琵琶湖曾因赤潮遭到严重污染。
そうですね、これは良し悪しあるんですけど、だけど琵琶湖っていうものは、やっぱりこう、日本の環境運動のかなり先駆けというか、かなりこう、やっぱり琵琶湖が赤潮で汚れ。
这件事对滋贺县的民众来说冲击力很大,而且京都、大阪的居民一直以来都在饮用琵琶湖的水源,它甚至被称作关西地区的“水罐子”。
っていうのは、やっぱり滋賀県の人たちにとってはショッキングなことですし、琵琶湖の水を京都・大阪の人たちは飲んで過ごしているということと、近畿の水がめと言われるぐらい。
它对近畿地区来说是个极具象征意义的湖泊,就是在这片湖泊遭遇赤潮的背景下,早在70年代左右,全县范围内就已经大力推进各类环保举措了。
やっぱり象徴的な近畿地方にとっては象徴的な湖なんですが、そこが赤潮でっていう流れの中で、70 年代なんかはかなり環境に対しての取り組みが 全県的に進んだ。
滋贺县可以说是一直传承着这样的精神内核,有着这样的地域风气。
そういう DNA というか、風土がある県なんですね。
所以如今围绕环境议题,不光有大量民众自发推进的各类举措,政府部门也在倾力开展相关工作。
なので、環境のことに対して、今でもかなりいろんな取り組みが市民主導でもやられてますし、行政も頑張ってやっている。
在这个基础上,我们学校也掌握了成熟的环境DNA等技术,请问您了解环境DNA吗?
そういう中で、私たちもかなり環境 DNA の技術とか、環境 DNA って知ってはります。
环境DNA我知道的,之前我们RETACH电台还专门做过一期相关的节目呢。
環境 DNA はあれですよ、それこそリタクションラジオで一度やっていただきましたね。
能不能麻烦您再给各位听众朋友们解释一下这个概念呢?
ちょっと改めてリスナーさん、説明いただいてもいいですか。
环境DNA这个概念,在刑侦剧里也经常出现,比如通过DNA检测来锁定个人身份,但其实鱼类也有它们的DNA。
環境 DNA って、よく刑事ドラマとかでもね、DNA の検査とかあって、個人を特定するということをやったりしますけど、実はお魚さんにも DNA があったりするわけですね。
鱼类在游动过程中,会不断将DNA散布到水中,所以只要取一杯水样,检测出水中的DNA,实际上
で、お魚さんは泳いでいる最中に、その DNA を水中にばらまきながら泳いでいるわけですが、なので、そのコップ一杯の水をすくえば、その水中にある DNA を検知できれば、実は。
就能知道那片水域生活着哪些鱼类,这项技术的研发重镇正是龙谷大学,他们在这类技术上
そのエリアにどの魚が住んでいるか、どの魚が生息して いるかということが分かる技術というものの、実は龍谷大学は一大研究拠点でして、そういった技術なんかも。
其实对生态系统保护很有帮助。
実は生態系の保全みたいなところに役に立つんですよね。
过去某种程度上必须捕鱼才能获取这些信息。
今までは全部ある意味で魚を取らないと分からなかった。
即便捕鱼也可能因偶然性漏检,但这项DNA技术能极大提高监测覆盖率,相关研究已取得进展,所以
魚を取っても、たまたま引っかかってなければわかんないみたいなことがあったんですが、この DNA の技術でいくと、限りなく補足できる、そういう技術なんかも研究が進んでいたので。
关于如何评估生态系统的这些见解,其实一直在龙谷大学处于沉睡状态——
そういう生態系をどう考えるかっていうことに関しての知見とかっていうのは、実は龍谷大学の中に今までずっと眠ってたっていうか。
说'沉睡'可能会惹恼研究者呢,他们其实持续研究并积累了丰富成果。
眠ってたって言ったら怒られますね、研究をし続けてきて、その蓄積があるんですよね。
如果能活用这些积累来创办新的学院,我们现在就可以打造出一套和刚才提到的全球形势、以及当前社会迫切需求相契合的办学方向,我们当时是这么考虑的。
そういう蓄積を生かして学部化していくと、結構今、先ほどお話したような世界情勢とか、我々の社会が今危急しているものとマッチした学びが作れるんじゃないかということが。
从某种层面来说,结合滋贺县本地的发展背景,我们都觉得很有必要设立这样的环境与可持续发展学院,另外关于信息学院的设立,我们也有同样的考量。
ある意味で、滋賀県というエリアとの関係で、我々はこういう環境・サステナビリティ学部必要だよねっていうふうに思ったし、あとはあの情報学部に関しても。
毕竟AI这类技术的发展,如今正在逐步成为我们整个社会的重要基础,对吧。
やっぱり AI とかテクノロジーの進化っていうことが、我々の今の社会の基盤になりつつありますよね。
没错。
はい。
依托这些研究基础,它在某种意义上就像是操作系统,我们要在这个平台之上搭建什么内容、以此来构建怎样的社会体系,这些都是我们需要思考的问题。
そういう基盤のを使って、我々がどういうものを、その上に、ある意味で OS みたいなものなんで、その上にどういうものを載せて、私たちが社会のシステムを作っていくのかとか。
如今如何搭建社会架构已经成为一个至关重要的课题,从这个角度来说,我们要去探索环境与信息的融合,打造一个绿色发展的社会。
社会の構造を作っていくのかっていうことも非常に重要なポイントに来てますので、そういう意味では、こう、そういった環境と情報っていうもの、グリーンな社会を作っていくっていうことね。
我们计划在濑田校区引领这些运用科技的领域——也就是如今常说的数字化转型(DX)和绿色转型(GX)相关事业,因此才决定新设这两个学部,现在正是发展GX的好时机。
で、を テクノロジーを使って、DX とか GX とかって言われる世界ですが、そういったものをやはり先導するということを瀬田キャンパスでやっていきたいなと思って、この 2 学部を作るということにしました。まさに今、GX と。
刚才您提到了数字化转型和绿色转型,确实,绿色环境与科技的结合,正是当今时代的核心课题,也完全处在商业领域的焦点位置上。
DX っていうふうにおっしゃっていただきましたけど、確かにそのグリーン環境というところと、テクノロジーというところって、今の世の中のイシューというか、ビジネスの結構ど真ん中な感じはしますよね。
所以呢,还有一点,比方说现在大家都在说GX,大企业口中的GX大概还能理解,但如果把GX放到地方层面来看的话,其实大家很难对它有清晰的概念。
なので、かなり、やはり、あとは、いえ、こう、例えば GX って、こう、大企業さんが言う GX はなんとなくわかるけど、じゃあ、ローカルで GX って言った時に、実はあんまりイメージできないというか。
而且也没有足够的人才来支撑地方的GX落地。
あんまりそういうことを支える人もいないので。
DX其实也是一样的情况,虽然常听到说要把公司业务数字化,但如果要把这件事和我们的日常生活紧密结合起来思考的话,大家往往都摸不清方向,不知道该从何入手。
で、これはなんか DX も同じでなんかこう、会社の業務を DX しましょうみたいな話はあるけど、私たちの暮らしということとなんかこう密接に考えたときに、何をどうしていけばいいんだろうっていうことがなかなか。
大家对这件事没有清晰的认知,而且放眼地方,其实也很少有能够支撑这类工作的人才,我也是出于这些考虑才推进这件事的。
見えなかったり、それを支える人っていうのが、実はあんまり地域にはいないんじゃないかっていうこともあって。
尤其是GX相关人才,我们现在会提到LGX这个概念,也就是地方绿色转型(Local Green Transformation),而要如何为这一转型提供支撑,会是我们今后
特に GX 人材、僕ら LGX って言ってるんですけど、ローカル GX、ローカルグリーントランスフォーメーションをやっぱりいかに支えていくかっていうことは、結構これから私。
在考量生活与产业发展时,会需要的核心人才特质,我认为这是非常关键的素养。
たちの暮らしとか産業とか考えていくと、重要な人になるなっていうか、資質だなと思って。
所以我觉得这两个学院的设立,其重要性不言而喻。
この 2 つの学部っていうのは非常に重要になるんじゃないかなと思っています。
接下来我想逐个向您详细请教一下相关情况,首先是环境与可持续发展学院,想必这个学院会研究该如何保护环境这类课题对吧。
ちょっとその 1 学部ずつ具体的に伺っていきたいと思うんですけど、環境サステナビリティ学部ですね、まず、おそらく環境をどういうふうに保全していくかとか。
要怎么形容呢。
それをこうなんでしょうね。
我原本以为大家会在这个学院里学习如何将这类理念落地到实业中,想请教下这个学院具体会教授哪些内容呢?——好的,您说得完全没错。
実業につなげるにはどうしたらいいかっていうところを学べるのかなという想像が働くんですけど、具体的にどういうことを学べるところなんですか。はい、もうまさしく。
比如可持续经营,近来还出现了“自然积极经营”这个说法,在此之前,大家总会觉得,保护自然、维护生态环境这件事,和经济增长、企业发展之间。
サステナブル経営とか、最近だとネイチャーポジティブ経営という言葉も出てきて、経営ということが、これまではどっちかというと自然を守るとか、自然を保全するっていうことと、経済的な成長とか企業の成長っていうの。
一直是一种此消彼长的对立关系,对吧?
がトレードオフの関係にあるって言われてきたわけですよね。
但现在不少企业也不得不开始践行‘自然积极经营’或是可持续经营了,甚至还有企业将其视作增长的源泉。
だけど、最近、企業さんなんかも、やっぱりネイチャーポジティブ経営とか、サステナビリティ経営ということを言わざるを得なくなってきたっていうか、逆にそれが成長の源泉だと捉える企業さんさえ出てきている。
我觉得这已经充分体现出时代在转变,在当下这个节点,过去那种非此即彼的取舍逻辑不再成立,环保反而成了优势,还能借此创造价值。
これはもうかなり時代が変わってきてると思うんですよねなんかそういう時に、これまでのトレードオフだったということをじゃなくて、それが強みなんだ とか、それによって価値創造ができるんだ。
如今大家开始把保护自然环境和企业发展统筹起来看待,我觉得这一点非常重要。
いわゆる自然環境を守っていくということと、企業の成長ということを統合的に捉え始めているっていうことは非常に重要だなと思うんですよね。
比如目前和我们一同开展相关项目的合作企业里,就有饮用水生产商这类企业,毕竟没有优质的水源,就做不出好的饮品。
例えば、今僕らが考えている、一緒にやっている企業さんなんかでも、やっぱり例えば飲料水メーカーさんなんかは、やっぱり水がないといい飲み物ができないし、こう。
哪怕是尖端产业的从业者们,也都有着水就是一切、污水就是命脉这类的情况,对吧。
先端産業の皆さん方も、水が命、下水が命みたいなところあるわけですよね。
说起熊本要建半导体工厂这件事,核心其实就是水资源的问题啊。
熊本でね、半導体工場ができるっていうのは何かっていうと、水の問題ですよね。
没错,完全就是这样。
はい、まさしく。
要是想想这件事,长年一直被使用的地下水如今成了宝贵资源,甚至正在创造经济价值,那自然保护这类事情,其实和经济发展是完全无法分割的。
これはもう、長年にわたって慣用された 地下水が、今、財産として、それがある意味で経済的なバリューを生み出していると考えると、自然の保全みたいなものっていうのは実は切っても切り離せない。
刚才我举了一个非常好理解的例子,我觉得类似这样的理念已经开始和企业经营紧密结合在了一起。
非常にわかりやすい事例を言いましたが、そういうようなことが企業の経営ということと密接に結びつき始めて 来ているというふうに思うんですね。
不光是脱碳领域是这样,二氧化碳排放相关的情况更是如此,现在人们会更愿意去那些在这类议题上做得扎实的企业工作。
これは脱炭素とかもそうなんですが、CO2 の排出なんかも特にそうですし、なんかそういうことがきちんとできている企業というものに人は働きたいと思ったりとか。
如果再结合大家都希望能对自己的工作怀有自豪感这一点来看的话,
誇りを持ったりとかっていうようなことも関連してくるというふうに考えていくと なんかそういうこう。
怎么说呢,我觉得这几年里,一个将各类议题整合进经营考量的世界,已经开始迅速成型了。
なんていうかな、統合的に経営ということを捉えていくような世界というものが、ここ数年で急激に僕は現れ始めてきていると思うんですね。
不过,就像刚才稍微提到的,支撑这些发展的人才,或者说能够综合把握这些方面的人才实在是极度匮乏。
ただ、それをさっきも少し触れましたけど、支えていく人材というか、それらを統合的に捉えていく人材みたいなものが圧倒的にいなくて。
正是考虑到这些领域更需要大学来培养人才,我们才决定成立这个环境与可持续发展学院——其实这个名称在日本也是首创的学院名称。
そういうところにもっともっと大学としても人を育てていかなければいけないんじゃないかっていうふうに考えた結果、この環境・サステナビリティ学部、この名称自体も実は日本にはない学部名称で。
虽然这是首个采用此名称的学院,但我们希望能带着这样的理念,与学生们共同探讨。
初めての学部名称なんですが、そういったことを少し我々としてはイメージしながら、学生たちと考えたいなと思っています。
确实,关于支撑这些发展的人才不足的问题,某种程度上可以想象得到,感觉以前的学院设置完全不同呢。
確かにその支えていく人材が不足しているっていう話は、なんかなんとなく想像がつくというか、これまで学部がなんか違っていた感じがしますよね。
环境学归环境学,而商业或企业相关的内容则是在其他学院学习,是这样的感觉吧。
環境は環境で学んで、ビジネスとかその企業の話は別の学部で学ぶみたいな感じですよね。
确实如此。
そうなんですよね。
所以就是这样啊。
だからそうなんですよ。
正是这样。
まさしく。
这确实是个重大课题,我们在推进过程中也深刻意识到了这一点。
そこがやっぱり大きな課題だなって、僕らも作り込んでいくと、やっぱり気づくわけですね。
就像刚才提到的,我常说这不像大谷翔平那种类型。
で、なんかそれらをなんかやっぱり先ほども言ったように、僕よく言うのは大谷翔平型じゃないなと思ってて。
不是双刀流。
二刀流じゃない。
关键是要能兼顾,既要精通自然科学,又要完全掌握经营和经济知识,这样的人当然理想,但要找到这种人才...该怎么说呢。
要はこっちもできて、要は自然科学のことも完璧にわかって、経営、経済のことも完璧にわか います、みたいな人は、それはいれば理想的だけど、そういう人をあさあの、なんていうかな。
虽然理想,但不必强求双刀流,更像是能充当各领域翻译,或者说跨界者,在保持各自专业基础的同时。
理想的だけど、必ずしも二刀流ということじゃなくて、それぞれの通訳ができるみたいなイメージというか、越境できるっていうかなんか、それぞれの素養とかベースは持ちながら。
能够灵活游走于不同领域的人才。
こう、行ったり来たりできるような人材っていうか。
专家们保持专业性的同时,还能串联整合创造价值。
で、スペシャリストはスペシャリストとしていながらも、それらをつなぎ合わせながら価値を作れる。
创新和价值创造不正是这样吗?就像01组合,并非完全从零开始,而是在不同领域间来回穿梭。
イノベーションとか価値創造ってそうじゃないですかなんかこうね、01 とかっていうのも、なんか全く 0 から作るっていうことじゃなくて、なんかこう、違う領域をこう、往復しながら。
这样,能够有所发现之类的。
こう、発見したりするなんかそういうふうな。
通过翻译者跨界合作,在自然科学与社会科学之间,或者说自然问题与经营问题两方面,一个人能够同时理解两者,并能进行相互翻译或创造价值。
通訳者とか越境していきながら、自然科学と社会科学というか、自然の問題と経営の問題を両方、一人の人間の中で両方が理解できて、お互いの通訳ができたり、価値創造ができる。
这样的人才。
そういう人材が。
我是希望能培养出这样的人才。
こうを育てたいなというふうには思いますね。
啊,不过那确实非常重要。
ああ、でもそれ非常に重要ですね。
至少,比如说以商业为主轴的人士,如果能理解环境领域的术语、能够沟通就很重要;同样,从事环境领域研究的人。
少なくとも、例えばビジネスパーソン、ビジネスに主軸があったとしても、その環境系の言葉がわかる、話が通じるっていうのは結構大事ですし、その環境系の方の研究をするにしても。
能理解商业人士的逻辑也非常重要。
ビジネスパーソンの論理がわかるっていうのは非常に大事ですよね。
是的。
そうですね。
所以重要的不是模糊理解,而是把握本质。就像刚才提到的,处于经营管理位置的人能理解自然科学这件事。
だからそれがなんとなくわかるんじゃなくて、本質が 分かるって大事で、例えば今言っていただいたように、経営していくような立場の人が自然科学のことが分かるというのは。
不是粗略了解,而是能够基于证据真正理解,比如明白数据的含义、懂得测量的意义,这些实际上非常重要。
ざっくり分かるんじゃなくて、ちゃんとエビデンスベースで理解できるとか、数値の意味が分かるとか、計測のこの計測の意味が分かるとかっていうことが、実はものすごく重要で。
这种过度纵向分割的反思,或者说随着学术领域越来越专业化,学习变得越窄越深。
そういうふうな、あまりにも縦に割りすぎてきてしまった反省というか、学びがどんどん学問領域が専門的になればなるほど、狭く深くなっていく。
这对学术本身固然非常重要,但还是要综合审视,思考当今社会需要什么样的人才,这就是我们得出的结论。
これもものすごく学問としては大事なんですが、それはやっぱり統合的に一回見てみて、今の社会で 活躍できる、もしくは必要とされる人っていうのはどういう人かっていうことを考えた結果が。
现在的环境与可持续发展学部的结构就是这样形成的。
今のこの環境・サステナビリティ学部の構造になってるっていう感じですね。
就是这么回事。
そういうことですね。
其实环境领域以前有个现象,比如学生毕业后,不太容易与实业结合,在思考职业发展方向时会有些困扰。
結構その環境分野って、例えばその学生さんが学んだ後に、やっぱりちょっと、一昔前だと、少し、あんまりこう、実業に結びつくイメージがないというか、じゃあ、例えばそのどういうところにキャリアを、あの、こう求めていこうかっていうところに、少しこう、苦労するという。
可能会有这样的印象,这方面的问题现在是否已经解决了呢?
ようなイメージもあると思うんですけど、そのあたりはこう、問題解決はされてるんですか。
是的。
はい。
这个问题经常被提到呢。
もうそれむっちゃ言われるんですよ。
经常被提到吗?
めっちゃ言われますか。
果然是这样啊。
やっぱりそうですか。
不过,和企业人士讨论时,他们都说非常需要这样的人才,就是具备这些能力的人。
だけど、あの、結構企業の人たちとこの議論をしてると、はいはい、もうむっちゃ欲しいですと、じゃあ今みたいな、こう、そういうを持った人欲しいです、これを、とか。
另外,举办开放日活动时发现一个有趣的现象,家长那一代人会特别积极地参与。
あと、オープンキャンパスなんかやると、非常に面白い構造があって、やっぱりご父兄の方々の世代っていうか、お父さん、お母さんたちが、むっちゃくちゃこう身を乗り出して。
他们会认真听这些说明,确实如此。
この説明を聞かれるっていうか、そうなんですね。
果然大家都有这种印象呢。
やっぱそういうイメージあるんですね。
家长们都是社会上奋斗在第一线的战士,他们能够理解我们刚才谈到的这些价值,会认同说'对对就是这样的'。
ご父兄の方は社会に出てる一線で頑張ってる、戦ってる人たちっていうか、こういう なんか我々が今お話したような価値がわかっていただけるっていうか、ああそれそれって言っていただけるっていうところも。
所以本质上我们是想瞄准这一点,但也不能脱离现实,不能只是纸上谈兵。
るので、そこを本質的には狙いたいとは思ってるんですが、あの、とはいえ、やっぱり現実と乖離してはいけないので、机上の空論ではダメだっていうところもあるので。
不仅仅是书桌上的学习,我们也很重视实地实践,特别是对年轻一代来说,那种原生体验很重要。
ただ単なる机の上の学びだけじゃなくて、やっぱり現場に出ていくっていうことも重要視したいと思ってますし、特に原体験みたいなものっていうかなんかこう、今の若い人たち。
与其说是现在的年轻人,可能从我们这代人开始,很多人都是在缺乏与自然互动的原生体验中长大的。
今の若い人というよりも、もう僕ら世代からそうかもしれませんが、なんかやっぱりこう、自然との関係の中で原体験を持たずに大きくなっちゃったみたいな。
很多学生都是这样,所以让他们用五感去感受'什么是自然'非常重要,比如在森林里感到愉悦的那种体验。
なんてかな、学生とかも多くて、そういう意味では、なんか自然って何なのかっていうことを、やっぱりなんか五感で感じるっていうこともものすごく大事でなんか森に行って気持ちいいと思うその気持ちみたいなも。
当这种感受成为基础时,环境与可持续发展学院的学习内容就会更容易被吸收,否则可能会觉得难以理解。
のが、なんかベースにあるとなんかこう、この環境・サステナビリティ学部の学びというのは、なんかどんどん入って てくると思うんですけど、なんか意味わからんなんか。
如果没有这种亲身体验作为认知的轴心,这些知识可能只会停留在表面,无法真正积累。
そこのなんか捉える軸みたいな自分の体験がないとなんかそういうものがただ単なる知識としてしか蓄積していかないっていうようなところもあると思うので。
所以我们尽量通过自然环境保护等各类动态实践项目,在真实的场景和地区中培养现场感和感知能力。
あの、できるだけそういう現場っていうか、自然環境の保全とか、いろんな形で動きのある現場や地域に お世話になりながら、そういったプログラムで、現場感や感性みたいなものと。
我们在将学习与这些内容紧密结合的同时,也注意到不少企业已经开始践行刚才提到的可持续经营、自然向好型经营模式。
密接に結びつけながら学ぶということと同時に、あと先ほどのようなサステナビリティ経営とか、ネイチャーポジティブ経営ということも、企業さん、かなりやり始めてますので。
目前我们也在筹备邀请这些身处经营一线的从业者以实务型教员的身份加入,还准备开设相关课程,和学生们一同探讨当下真实的行业现状与各类课题。
そういう現場の経営の第一線におられる方々に、実務家教員として来ていただくということも準備をしていまして、そういう人たちが今こうなんだっていう現実や課題を一緒に学生たちと考える講義なんかも用意してますのでなんかこう。
我们希望创造机会,不光是空谈原则、理论和漂亮话,而是把企业当下真正面临的现实难题带进大学校园,和学生们一同思考。
建前とか理屈とか綺麗事だけじゃなくて、今、現実的に企業さんが悩んでいることっていうのを 大学のキャンパスに持ち込んでいただいて、一緒に考えるというようなことも、あの機会を作りたいなというふうに思っています。うん、そのビジネスへ。
对于相关商业领域的理解,还有未来的职业发展规划,都可以通过和这些实务型教员的交流,以及参与和企业合作的项目来实现,对吧?
の理解であるとか、あとは、そのキャリアの展望っていうのは、その実務家教員の方とのその接触であるとか、あとは、その企業さんとのプロ プロジェクトで担うとでも。
没错,正如您所说的,亲身的原始体验真的很重要,这点我完全赞同。
そして、あのおっしゃる通り、やっぱり原体験が大事っておっしゃる通りですね。
确实是这样,怎么说呢,亲身接触自然之后,比如会由衷觉得“琵琶湖可真美啊”。
確かに、そのなんでしょうね、自然に触れて、例えば、琵琶湖いいわっていうふうに思う。
要是之后发现琵琶湖的生态遭到了破坏,就会自然而然把这件事当成自己的事,萌生要保护环境的念头,对吧。
そして、その琵琶湖がちょっとなんかこう、損なわれてると思ったら、自分事として、やっぱこう、環境を守ろうって気持ちになりますよね。
是啊,真的会这样。
なりますよね。
确实如此。
そうですよね。
因此,我认为这些事情也能关联到设计每个人行为改变的层面。
だから、なんかそういうことが、なんか一人一人の行動変容をデザインしていくことにもつながると思うんで。
某种程度上,我们与原始体验和自然的距离变得过于遥远,这涉及到我们如何生活以及整体的...
なんかこう、あまりにも、なんかこう、原体験とか、自然が我々の生活と遠くなっちゃってる部分もあったり、それはなんかこう、自分たちがどう生きるかとか、こうね、全体。
忘记了我们是全球生态系统的一部分。
地球全体の生態系の一部であるということを忘れてしまう。
这某种程度上偏向于人类中心主义的社会和机制,所以当人类真正感受到自己只是地球生态系统的一部分时,自然有时会露出獠牙...
それはどっちかっていうと人間中心な社会とか仕組みに 偏ってしまうということでもあるので、人間自体が地球の生態系の一部なんだということを感じたり、そしてそれをやはり自然というのはある意味で牙をむけ。
显得可怕,因此如何介入并进行保护,平衡地感知这些,这种敏感性的源泉——原始体验,我认为非常重要。
ば恐ろしいものですから、どう手を入れていき、保全をしていくか、そういうことをバランスよく、やっぱり感じ取れる、そういう感受性の源になる 現体験というのはとても大事だと思いますね。
确实,气候科技在美国也是一个关键词,指的是有益于地球环境、维护良好环境的商业行为。
そうですね、クライメートテックっていうものが、そのアメリカでも一つキーワードになってると思いますけど、地球環境に資する、良い環境を保つためのビジネスってことだと思うんですけど。
但确实不应仅因商业机会而涉足,而是基于自己的见闻作为基础,这样强度或者说持续性也会完全不同。
でも確かにビジネスチャンスがあるからそこに行くじゃなくて、ちゃんと自分が見聞きしたもの がこう下地にあっていくだと、何でしょうね、多分、強度というか、その継続っていうのも全然変わってきそうな感じしますね。
没错,就是会真正内化成自己的东西,还能和自己的身体感知产生共鸣。如果要说这种体验和好好生活之间的联结的话,
そうですねなんか自分のものになるっていうかね、自分の身体性とこう呼応するっていうか、うんなんかそういうことが、こう、よりよく生きていくっていうこととの接点で言うと。
我觉得这实在是太重要了。
ものすごく大事なような気がしますね。
确实是这样。
そうですね。
那接下来要介绍的另一个是信息学部,我本来以为既然是信息相关的专业,应该是数据科学方向,请问具体来说在这个学部能学到什么内容呢?
じゃあ次のそのもう一個、情報学部なんですけど、こちらは情報なんでデータサイエンスなのかなと思ったんですけど、具体的にどういうことが学べるそうですね。
确实不能只局限于数据科学,还有智能信息媒体领域,像VR、XR这类方向,再加上包括AI在内的所谓智能信息相关领域,以及我们的实践数据科学领域。
まさしくデータサイエンスだけじゃなくて、知能情報メディア、VR とか XR とかの世界とか、あとは知能情報と言われるような、AI も含めた、そういった領域と、我々実践データサイエンスという領域。
我打算把这三个方向都规划进来。
3 つを用意しようというふうには思っています。
这么安排其实也和信息领域的特点有关——就拿实践数据科学来说,同时也契合刚才提到的我们大学的办学理念,也就是实学的精神,确实是这样的。
これも情報、例えば実践データサイエンスとかでもそうですし、さっきのうちの大学の思想というか、見学の精神とも結びつきながらなんですが、やっぱりこう。
我希望能从‘科技和信息如何让社会变得更好’这个角度出发,来定位数据科学、信息学院的教学内容以及相关的研究工作。
テクノロジーや情報がどう社会をより良くできるかっていう観点で、やっぱりこのデータサイエンスや 情報学部の学びということや研究を捉えたいと思っているんですね。
所以比如说,像VR、XR这类技术也是如此,现在我们现有的教员们,他们正在做的研究是什么呢?就是运用VR和XR这类技术,来支持视障人士进行攀岩运动。
だから、例えば VR とか XR みたいなものも、例えば、今でもそうですか、今、既存の教員、どんなことやってるかというと、XR とか VR 使いながら、視覚障害の人たちのロッククライミングを支えるっていうようなことを。
大家都在朝这个方向努力。
やろうとしてるんですね。
视障人士也能进行攀岩运动吗?
視覚障害の方がロッククライミングをされるんですか。
在为这类活动提供支持的时候,我们就会思考这类技术和信息媒体到底能发挥什么作用——我们通常觉得VR是用来观看内容的,但其实还可以用它来检测位置信息和坐标轴数据。
そういうのをサポートするときに、じゃあこういうテクノロジーや情報メディアがどう役に立つのかなんか、こう、僕らは VR とかね、こうやって僕らは見るものとして考えますが、それで位置情報、座軸を検知しなが。
啊。
ら。
有位老师正在开发一种系统,可以通过声音这类方式提醒大家“前面有下一个攀岩支点哦”,这样一来,有身体障碍的人也能体验攀岩的乐趣了。
ここら辺に音とかで、ここに次行くあのストーンがあるよとかっていうことを教えるようなシステムを開発している先生とかがいて、そうするとハンディキャップを持ってる人もロッククライミングを楽しむことができ。
这类的例子。
るとか。
而这背后,其实关乎人类的无限可能,以及残障群体的
これって、なんか、人間の可能性とか、障害のある人たちの
没错,就是拓展这类人群的可能性,拓宽他们可以参与的挑战范围。我们信息学院的‘信息’这个要素,我们常把它概括成‘信息乘以XX’的模式,也就是用信息去乘。
ね、あの、可能性を広げたり、チャレンジの幅を広げたりするなんか、そういう情報学部のこの情報というものが、僕ら、あの、簡易的に情報かける、まるまるって言ってるんですけど、情報かける。
比如说乘上体育、健康这类领域,研究如何借助这类技术让大家生活得更好,以‘信息’为切入点去思考这些问题,这正是我们信息学院的特色所在。
例えばスポーツみたいなものとか、健康とかなんか、そういうものがどういうふうに我々がこういったものを使ってよりよく生きれるのかっていうことを、こう情報という切り口で考えていこうというのが、この情報学部の特徴になりますね。
说到底核心一直是如何改善社会、如何让我们活得更好,所以这不只是学习工具本身,而是要把工具和这个核心目标结合起来一起学习对吧。
やっぱり常に社会をどう良くするか、我々がどうよりよく生きるかっていうところだから、単なる道具というよりも、そこをセットで学んでいくってことなんですね。
不管是信息技术,还是AI这类技术,该怎么去运用它们,其实这是摆在全人类面前的一个核心课题。
それらをやっぱりこう、その情報、テクノロジーや情報というものを、AI もそうですけど、どう使うかっていうことが、実は人間に問われているっていうか。
人工智能不正是如此吗?
AI なんて本当そうじゃないですか。
确实是这样的,我想在座的各位在和人工智能打交道的过程中,肯定也感受到了它带来的种种积极与消极的影响,但核心问题终究是该如何运用这些技术。
本当にそうですよねなんか、そこはもう皆さん方なんかそういうことをプラスの部分、マイナスの部分、いろんなことを感じながら、今、AI と向き合っておられると思うんですけど、それらの技術をやっぱりどう使うかね。
哪怕是同一项技术,它当然可以被用来制成杀人的凶器,甚至被改造成武器;但与此同时,我们也可以思考该如何运用它,就像我们现在做的这样,去守护他人的幸福,提升人类社会的可持续发展能力。
同じ技術でも、人を殺す道具に 使うことも当然できるし、武器とかね、そういうものに転用されることもあれば、それらを誰か、我々のように誰かの幸せや私たちの社会の持続性を高めるためにどう使えるか。
这归根结底还是取决于技术的使用者,这才是问题的核心所在。
これはやっぱり使い手が問われるっていうか、問題だと思うんですよね。
因此,包括AI在内的这些信息,我们要将其与人类幸福联系起来,思考如何有效利用。
なので、我々 AI も含めた、こういったこう情報というものをですね、人の幸せっていうことに引き付けながら、あの、どういうふうに活用できるかとか。
在这样的‘信息可扩展’(まるまる)理念中,我们希望能不断探索能产生什么样的创意。
どういうアイデアが浮かぶかとかなんかそういうことを情報かける、まるまるというような言い方の中で追求していきたいなというふうには思っています。
确实,当今时代正是如此。
いや、今の時代は本当にそうですよね。
就在最近,AI已被应用于战争,甚至正在被使用。
ほんと直近でも戦争に AI が使われた、使われているですね。
虽然目前频繁出现关于AI被滥用的严峻新闻,但技术和工具本质是中性的,关键在于我们能否探索如何将其用于改善社会。是的。
現在深刻で使われているというニュースは 数数出てくるんですけど、例えば、ただ道具とかテクノロジーはニュートラルなものなんで、それをこう、どう世の中を良くする方向に使っていくかっていうのを探求できることなんですかね。そう。
没错。
ですね。
例如,在本次数据科学领域,我们也想挑战如何利用人造卫星的信息。
例えば、あの、今回、このデータサイエンス 領域で、人工衛星の情報をどう活用するかということもチャレンジしたいと思ってるんですね。
实际上,包括日本大学在内,发射卫星面临着激烈竞争,但正如之前所说,关键在于如何最大限度地为人类幸福服务。
実は今、日本の大学も含めて、衛星を上げるっていうことは、ものすごくいろんな競争があるんですけど、それをさっきの視点ですよね、人の幸せのためにどれだけ使い倒すかっていうのは。
其实相关的实践并不多,我是有这种感觉的。
あんまり実は ないっていうか、そんな気がしますね。
确实,我们可以把这些卫星数据用在防灾减灾等领域,如果把范围拓展到海洋场景,它甚至还有能力挽救人们的生命,我觉得这类卫星信息完全可以在实践数据科学领域发挥作用。
確かにそれを僕らは災害の防災なんかでもそうですし、海上というところでいくと人の命を救うということも可能だなと思ったりとか、こういう衛星情報なんかを実践データサイエンスの領域では。
我们目前正计划积极推进这类应用,而刚才提到的“发掘地球上肉眼无法察觉的事物”,正是卫星技术的核心优势。
積極的に活用していくということを今考えていて、そうするとさっきの地球の見えないものを見るっていうのが衛星の特徴なんですよね。
无论是海洋、森林还是我们居住的城市,卫星搭载的各类相机、传感器传回的信息,只要经过分析处理,就能让我们借助来自太空的视角,发现平时靠自身目光无法捕捉到的细节。这么一来,比如环
海にしても森にしても、私たちの街にしても、衛星からのいろんなカメラやセンサーやっていうことの情報は、解析をしていくと、我々が普段のこのまなざしでは見えないものが、こう上からの眼差しで見えると。そうすると、例えば環
也能和环境可持续性学院建立很高的适配性。
境サステナビリティ学部との親和性も高くなる。
话说回来,该怎么看待森林的问题呢。
っていうか、森の問題どう考えるの。
还有该怎么看待植被的问题呢。
とか、植生の問題どう考えるの。
当我们开始思考这些问题时,会发现山区里正发生着一些悄无声息的灾害,比如山体滑坡,而通过获取卫星信息,我们就能掌握这类情况。
って言った時に、山で静かなる災害が起こってたりもするわけで、地滑りが起こってるとかそういうものを、こう、実はこう、衛星情報なんかは 得ると。
从某种意义上说,信息学部负责解析这些数据,而环境与可持续发展学部的人员则利用这些数据来制定行动方案和政策。
それをある意味で情報学部が解析をし、環境・サステナビリティ学部の人たちがそれを生かして取り組みや政策を考えていく。
这样就能将整个濑田校区的各项举措串联起来——作为这样的基础平台,信息学部的定位就能让各学科在相互关联中产生许多有趣的
そういう瀬田キャンパス全体での取り組みというものにつなげていく、そういう基盤的なものとして、こういう情報学部みたいなものが位置づくと、結構こう、相互に連関し合いながら、面白いことがで。
可能性,我是这么认为的。
きるんじゃないかなとは思いますね。
讨论得非常深入啊。
すごく深まりました。
不过确实,近年来能学习信息学部、AI、数据等内容的院系在增加,但在濑田校区办学的独特之处在于——
でも確かに結構情報学部、そして AI であるとか、データであるとか、そういったものを学べる学部って近年では増えている印象なんですけど、セタでやるからやっぱり。
首先是数据本身的独特性,再加上毗邻环境与可持续发展学部的优势,这应该就是关键所在吧。
そもそもデータがユニークであるっていうところと、隣に環境・サステナビリティ学部があるので、あそこのこうよりなんでしょうね。
是不是可以形成这样的模式:利用环境数据,在如何改善环境方面开展实践性研究?
環境データを使って、環境をどうよくしていくかっていうところの、こう、実学的なところができるっていうイメージなんですかね。
确实如此。
そうですね。
所以我们要把这些要素串联起来,不断发挥跨界相乘的作用。
なので、そういったことをつなぎ合わせて、掛け算をどんどん。
就像我刚才提到环境学院时说的,我们不能固步自封、画地为牢,而是要不断推动跨界合作,产生乘数效应。
だから、先ほど環境のところでも言いましたけど、タコツボ化するんじゃなくて、掛け算をどんどんやっていくことによって、
这样一来,不仅能让价值成倍增长,对学习的人来说,和各个领域的人交流、收获的不同刺激,也能不断深化他们的学习体验。
その価値が倍増していくとかということもあるし、学ぶ側もやっぱりいろんな分野の人たちとのコミュニケーションとか刺激とかっていうことが、なんか学びを深めていったり。
这些经历也会成为他们获得新发现的助力,濑田校区正是这样一个能够让不同领域交融碰撞的地方啊。
いろんな発見をしたりするときに力になっていくはずなのでなんかこう、瀬田キャンパスっていうのはそういう、混じり合うっていうか ね。
要说那个…怎么说呢,我们把这个大理念叫做‘集体影响力’,简单来说就是在这个大家携手合作、共同改善社会的理念支撑下,整个校园都能朝着活力满满的方向发展,我对这个未来是有所畅想的。
そのなんていうかな、大きいコンセプトは、やはり僕らコレクティブインパクトって呼んでますが、いろんな人たちが協力し合って社会を良くしていくなんかそういうコンセプトのもとにキャンパス全体が活性化していくっていう未来を。
我对这个未来有一些畅想。
我は少しイメージをしています。
对,而且现在知识本身都能通过线上渠道随便学了,不光是AI生成的内容是这样,哪怕人类想要主动学习,现在也是个线上就能学知识的时代。不过刚才深尾先生您说的这点,我感觉确实是得亲身待在那个校园里才能做到的。
うんなんか今もその知識自体はオンラインでいくらでも学べるようになっていて、で、AI が出してくれるもそうだし、人間が学ぼうと思っても、オンラインで学べるっていう時代なんですけど、けど、確かに今、深尾さんがおっしゃったことは、その場にいないとできない感じがしますね。そ
没错。
なんです。
其实呢,现在确实存在一种校园无用论的观点。
でねなんかこう、結構キャンパス不要論もあったりするんですよ。
新冠疫情之后,某种意义上大学和教育机构也像是打开了潘多拉魔盒,很多人觉得在线授课也不错,我们经常被问到这类问题。
コロナ以降、ある意味で大学や教育機関もパンドラの箱を開けてしまった感もあって、オンラインで授業もいいじゃないっていうような話も結構あったりするんで、僕らもよく聞かれるんです。
在少子化的时代还要新建这样的学部。
で、こんな新しい学部、今、少子化の時代作るの。
之类的。
みたいな。
用在线方式不就好了吗?
オンラインでやったらいいんじゃない。
不过,我认为,就像商业领域一样,我们越来越清楚地认识到有些事情可以在线完成,而有些事情必须面对面才能实现。
とか、ただ、僕は、あの、やっぱりこうなんか、我々、こう、ビジネスの世界でもそうですけど、やっぱりオンラインでできることと、やっぱり会わないとできないことっていうのが明確になんか僕らもわかってきたじゃないですか。
虽然会议之类的相对可以在线进行,但在创造价值、策划会议或头脑风暴时还是有局限的,有时吃饭时突然想到的点子,
ただ、打ち合わせとか、比較的こう、オンラインでもできるけど、価値を作るとか、企画会議とかブレストってやっぱり限界があったりなんかご飯食べてる時にちょっと思いついたり。
或者因为一点小争执反而催生出新想法,还有那些偶然的相遇,都是需要面对面的。
ちょっと喧嘩したから、なんかそこから、なんかちょっと、こう、何かが生まれるみたいなことっていうかなんかとか、あと、偶然の出会いですよねなんかこう、たまたまなんかね。
那个,回想起来,比如因为偶然坐在旁边,水洒了就成了朋友之类的,在我们的社会中,这种偶然性其实挺多的。
あの、振り返ってみると、たまたまなんか隣に座ってて、水こぼしたから友達になったよね、みたいなことっていうのも、なんか結構、私たちの社会の中って、たまたまとか。
我认为偶然性这种东西其实相当重要,校园就是孕育这些偶然的场所,就像我刚才说的学科之间的碰撞那样。
偶発性みたいなものって結構 あると思うんですよねなんかキャンパスっていうのはそういうものの何か織り成す場所というか、学問同士が先ほど申し上げたように。
不同领域的研究者们通过碰撞和交融共同思考,能产生原本在单一领域想不到的点子,学生们也能遇到这种偶然——
ぶつかりながらとか、重なりながら、いろんな研究者の人たちがこう一緒になって考えることで、その分野では思いつかなかったことを思いつくとか、学生たちもなんかそういうたまたま
比如偶然选修的一门课可能成为改变人生的课程,这种充满各种偶然性的特质,某种意义上正是校园的魅力所在。
なんか、出会った、たまたま受けた講義が人生を変える講義になるとかなんかそういうふうな、こう、ある意味で、いろんな偶発性に、こうなんていうかな、がたくさんあるのがキャンパスの良さだというふうにも思ったりもする。
(语气词)
んです。
从这个意义上说,作为激发化学反应的场所,校园确实极其重要。刚才提到的卫星概念也是如此——
そういう意味では、なんかこう、我々は化学反応をそうやって起こすっていう場としては、やはりキャンパスってものすごく大事だなと思いますし、で、先ほどの衛星の話もそうなんですけど。
这次我们将以'集体影响力'为理念,把龙谷大学校园打造成一个(创新平台),正如之前所述。
もう今回、我々キャンパス、あの、先ほども申し上げたように、コレクティブインパクトっていうのを、キャンパスっていうのをコンセプトに、龍谷大学のキャンパスをしますので。
所谓'集体影响力',就是让来自不同领域、从事不同工作的人们都能自由进出的构想。
コレクティブインパクトっていうことで言うと、もういろんなセクター、いろんなことやってる人たちが出入りしてもらうっていうイメージなんですね。
我们希望在那里一同催生各种各样的化学反应,从这个层面来说,这里充满了这类化学反应与偶然性,将来回首往事时,大家会觉得能来到这里真好。
そこでいろんな化学反応を一緒に起こしましょうということなので、そういう意味ではそういう化学反応や偶発性みたいなものがいっぱいあって、ここにいてよかったとか振り返った時に。
那段时光真的很棒。
あの時は良かったよな。
我一直希望能把这里打造成这样的地方,其实现在我们称作濑田校区,等到2027年这两个学部搬迁之时,我们还打算更改校区的名称。
そういう場になっていきたいなということで、実は今、瀬田キャンパスと我々呼んでますけど、2027 年のこの 2 つの学部が札出をするときに、実はキャンパス名称も変えちゃおうというふうに思っていまして。
我们计划把它命名为琵琶湖大津校区,以此为契机打开校区的格局,借着更改校区名称的机会,逐步从软件层面将它转型为刚才提到的集体影响力型校区,不断推进升级改造。
琵琶湖大津キャンパスというキャンパスにして、少し開いて、このキャンパス名称を変えるということを契機に、今のコレクティブインパクト型のキャンパスに、ソフト的にどんどん上書き保存をしていくというか。
我们目前也在规划推进这类升级迭代的工作,从这个角度来说,正因为我们的大津琵琶湖校区坐落于滋贺县,才能开展各式各样独具特色的项目。
アップデートしていくというようなことも今考えていて、そういう意味では、こういった滋賀県にある琵琶湖大津キャンパスだからこその取り組みということがいろいろできるんじゃないかな。
同时在我看来,拥有实体校园这件事,无论是对年轻学生还是对科研工作者来说,都是无可替代的财富。
かつ、オンキャンパスであるということ っていうのは、なんか若い学生さんにとっても、研究者にとっても、僕はかけがえのないものなんじゃないかなということを、はい。
我也这么认为,这段经历甚至很有可能成为个人身份的一部分。
思っていますなんか結構その方のアイデンティティになりそうですよね。
对的,刚才聊到的那些内容让我觉得,“我曾在大津的琵琶湖畔学习过”这件事,很可能会成为这群人度过大学四年后,独属于自己的身份标签。
そうですね、琵琶湖、大津で学んだんですよっていうのが、なんかこう、4年間やりましたっていうなんかそういうアイデンティティになりそうな感じがしましたねなんか、今を。
我一直觉得,有几个关键词能够定义当下这个时代,其中绝对不可或缺的肯定是人工智能,也就是我们正身处AI时代。
やっぱこう、現代をその特徴づけるキーワードって いくつかあると思ってるんですけど、やっぱりこう欠かせないのは多分 AI、AI 時代だってことですし。
另外呢,咱们这个节目会经常探讨国际政治相关的内容,所以怎么说呢,
あとやっぱりこう、この番組、国際政治をあの、頻繁に扱うんで、どんどんこうなんでしょうね。
世界正在进入一个靠实力抗衡的时代。
力と力の時代になってきてる。
反过来说,我甚至感觉整个社会都在逐渐形成一种‘只要有实力就可以为所欲为’的风气,但龙谷大学始终秉持着以佛教为根基的慈善与利他精神。
逆に言うと、その力がありゃ何でもやっていいみたいな、あの雰囲気に社会全体がなっているかなという感じがするんですけど、あの龍谷大学はもうずっとあの慈善・利他の精神、仏教をあの背景にし。
同时,这种利他精神一直被传承至今,您认为这样的理念在当今时代发挥着怎样的作用呢?
ながら、そういう利他の精神っていうのを、こう、受け継がれてきたと思うんですけど、そういう、こう、思想っていうのは、今の時代にこう、どういう役割を持つっていうふうにお考えになってますか。
好的,非常感谢您的提问。
はい、あの、ありがとうございます。
龙谷大学以净土真宗的教义作为建校的核心精神,也以佛教理念为建校根基,正如您刚刚提到的慈悲、利他,我们一直将这些作为行动的哲学,开展各类工作。
龍谷大学は浄土真宗の教えを見学の精神にしている、仏教を見学の精神にしているっていうところで、あの、今おっしゃっていただいた慈性、利他っていうことを、我々の行動を哲学にしながら、いろんな。
正如您所说,如今各类事物都发展得十分混沌,就像特朗普近期的种种举动,仿佛要一举摧毁20世纪人类积累下来的成果、人类积攒的智慧。
営みをしているんですが、おっしゃるように、今これだけいろんなものが混沌としてきたり、今のトランプの動きなんていうのは、20 世紀に積み上げたものを、人類の知恵を一気に瓦解させるような。
确实是这样呢。
本当にそうですよね。
这种事居然会在21世纪发生。
こんなことが 21 世紀に起こるんだ。
话说当年我们从20世纪迈入21世纪的时候,还觉得20世纪是战争的世纪,那21世纪肯定会迎来和平,人类已经积攒下足够的智慧了,但没想到呢,各种冲突和战争根本停不下来。还有那个……
っていうか、我々もなんか 20 世紀から 21 世紀を迎える時に、20 世紀って戦争の世紀だったから、21 世紀は平和にもうなるよな、そういう知恵を人間は蓄えたよなって思ったんですけど、なんかこうね、あの 紛争や戦争がやまない。そして、あいっ・
啊。
た。
俄罗斯、美国这些被称为大国的国家,如今会做出那样的举动,这件事本身就常常让我忍不住思索,这一百年来究竟算什么呢。
ロシアやアメリカの大国と言われる国々が、今みたいなああいう行動をするっていうこと自体が、なんかいろんな、この 100 年何だったんだろうって思わせることがあるんですよね。
而我一直以来也在研究佛教相关的内容,
で、僕なんかもやっぱり仏教っていうのを
有些人会说佛教早就过时陈旧了,但在我看来,如果把它和当下的世界局势对照来看的话,其实我们很容易习惯只用刚才提到的这一百年的人类智慧维度去思考问题,但佛教等思想并非如此。
よく言われる古臭いよねっていう人たちもいるんですけど、僕はなんか今の世界状況なんかと重ね合わせると、実は僕ら、さっき言ったように 100 年の知恵みたいな軸で物事を考えてしまいがちですけど、仏教とかって。
就是这样一类思想。
そういう思想ですね。
不止佛教,如果我们把所有这类教化世人该如何生存的学说都视作人类代代积累的智慧,那佛教其实是跨越了极其漫长的时间维度存在的。
仏教だけじゃなくても、人々が積み上げてきた知恵みたいな風に、どう生きるかということを説いた教えだというふうに、仏教を考えると、実はものすごい時間軸で。
如果把佛教看作古往今来无数人不断思索沉淀出的成果,就能从中探究人该如何自处、该如何思考,以及正义究竟是什么。
いろんな人たちがやっぱり考え続けてきた成果物として、仏教ということを捉えると、実はどう生きるのかとか、どうやっぱり我々が考えるのかとか、正義とは何なのかということを。
我们会意识到,佛教之中其实充满了能成为我们思考支柱的伦理观,以及看待社会的视角。
考えるための背骨になるような倫理観であったりとか、社会の見方っていうことに、実は仏教というのは溢れているっていうことに我々も気づかされるわけですね。
从这个角度去理解,我们就能把这种思维方式和伦理观,运用到当下商业界的处境、政治局势乃至我们日常生活的种种状况之中。
そういうふうに捉えると、実は今のビジネス界が置かれている状況であったりとか、政治の状況であったりとか とか、私たちの暮らしの状況みたいなところに、そういったある意味の考え方や倫理観や。
不光是AI领域如此,就连我们该如何与AI相处、人类要做什么、该怎样活下去,大家都为此困惑烦恼着。在这样的处境下,其实(那些思想)一直源源不断地传承
っていうことをが、なんか、AI なんかもそうですけど、AI との付き合い方や、私たち人間が何をしてどう生きるのかっていうことに、なんか我々戸惑ったり悩んだり、こうしている状況の中で、実は こう面々と受け。
了下来。
継がれてきている。
我总会觉得,佛教这类传承至今的思想,还有宗教所能发挥的作用其实极其重大。但总因为一些新兴宗教问题,或是那些坑蒙拐骗的
その地としての仏教とか、宗教というものの果たしていく役割というのは、実はものすごく大きいんじゃないかなんかどうしても、ある意味での新興宗教的なとか、人を騙すしたり。
如今引发不少社会问题的相关乱象,比如靠灵媒噱头敛财的商法,或是邪教性质的组织,大家难免被这类恐惧裹挟,导致渐渐看不清这些信仰的本质了。
今ね、結構問題になっているような、そういう霊感商法だったりとかっていうことや、カルト的なものに、どうしてもなんかそういう恐怖に引きずられて、本質が見えなくなってきているところもあると思うんですけど。
不过,佛教这类传统宗教千百年来一脉相承传承至今的智慧,我们该如何用现代的视角,将它和刚才提到的环境、信息这类现代课题结合起来呢?
だけど、なんかこう、仏教とか伝統宗教が持ってきた面々と、受け継いできた知恵というものを、なんかこう、現代的に、我々がどういうふうに、現代の課題、さっきの環境や情報という。
比如说把这些事物叠加在一起的时候,我们究竟能为大家提供什么、又能展现出什么,这是很值得深思的问题。
ことと、例えば重ね合わせた時に、どういうことが我々が提供できるのか、提示できるのかということ。
从这个角度来说,一边秉持我们的核心准则,一边思考该如何回馈社会,我深切地感受到,一个必须重视并发挥佛教等宗教价值的时代已经到来了。
そういう意味では、我々の背骨の部分を生かしながら、どういうふうに社会に貢献していくのかということで言うと、非常に仏教とかが を活かさなければいけない時代が来たなっていう のは。
这一点我有非常强烈的感触。
非常に痛感します。
对,确实是这样。
うん、そうですよね。
我个人的理解是,佛教与其说是某种需要盲目信仰的事物,倒不如说是一套思想体系,原本人类是受物理条件限制的。
あの、おそらくその何かを盲目的に信仰するというよりも、仏教ってこう、思想の体系なんだろうなという私は理解でいるんですけど、人間がもともとその物理的な制約で。
但以前那些我们做不到的事,现在从某种意义上来说,都能实现了。
できなかったことが、今はもうある意味何でもできちゃうというか。
AI就是个例子,科技发展得太快,我们处在一个只要想去做,就什么都能做成的时代。
AI もそうですし、テクノロジーも進みすぎていて、やろうと思ったら何でもできちゃう時代。
只不过我总觉得,如果大家一味把‘什么都能做到’这件事推向极致,等待我们的只会是毁灭,现在我有种我们正朝着那个方向越走越近的感觉。
ただ、みんなが何でもできちゃうを突き詰めると滅びが待っているような気がしていて、今ちょっとそっちに近づいている感じがするんですよね。
这么说来,果然思想、伦理这些东西才是至关重要的,我最近深有体会。还有那种‘做减法的美学’——如果一味给欲望做加法的话,
そうすると、やっぱりこう、思想とか倫理とか、そこがすごい大事だよなっていうのは、最近感じますねなんかやっぱりこう、引き算する美学とかなんか、やっぱりこう、欲望みたいなものを足し算していくと、お。
就像你说的,会走上毁灭的道路。但如果回过头去认真思考,怎样才能让自己活得更舒心,其实是很有必要的。
っしゃるように、破滅への道みたいなところがね、見えてくるけど、なんかこう、シンプルに自分がよりよく生きるってどういうことなのかっていうことをやっぱり考えてみるとかなんか。
在这个SNS时代,到底该如何看待他人的看法、获得他人认可的这种欲望?总好过被这些东西束缚、拖着走,最后把自己折腾得精疲力竭吧。
この SNS の時代に、やはり人の意見とか承認欲求みたいなものっていうのをどういうふうに捉えれば、そういうものに何かとらわれて引きずられてボロボロになるよりも。
其实里面藏着能指引方向的启示,而且最近我经常和企业界的人士交流,大家都在讨论像可持续发展学院这类议题。
こうだよね、みたいなヒントが実はあったり、最近、やっぱり今みたいなサステナビリティ学部みたいな議論をしているって、企業の皆さん方と対話することが多いんですけど。
这些企业经营者们几乎都提到,非常想要学习佛教相关的内容。
経営者の人たちって、やっぱり皆さん仏教を学びたいっていう、ものすごくおっしゃるんですね。
原来是这样啊,在这个必须持续快速做出各类决策的社会里,大家都苦于找不到支撑自己做判断的核心基准,不知道该以什么标准来做抉择。
そうですか、やっぱりそういう意思決定、決定を連続的に速やかにやらなければいけないこの社会において、どういう判断基準でジャッジをしていくか、判断をしていくかっていうところの基盤っていうかなんか。
毕竟现在已经是只靠商业理论、甚至连过往的成功经验都不再适用的时代了。
ビジネスとしてのなんかセオリーということだけではなくて、今までの成功体験が生きない時代になっているわけですよね。
所以说,如果还沿用十年前的判断标准,大多时候都没法得出正确结论,身处这样的环境里,那些被迫必须直面自我、做出判断的经营者们,都会开始依托自身的伦理观来做抉择。
だから、10 年前と同じ判断をしたら正解かっていうと、そうじゃないっていうことが多く起こっている中で、じゃあもう最終的にやっぱり自分っていうものに向き合いながら判断をしなきゃいけないということを迫られている経営者の人たちからすると、やっぱりこう、その倫理観で。
还有很多经营者都表示,他们希望把伦理、哲学这类内容作为自己的立身根基,不然就没法做出更合理的判断,这样的人不在少数。
ったりとか、哲学であったりとかっていうことに、自分の中にベースとして持ちたいっていうか、そうじゃないとやっぱりより良い判断ができないっていうようなことをおっしゃる経営者の方々もたくさんおられるので。
我也希望能和这些人一起,在校园里持续探讨当下的生存意义,以及该如何在其中运用科技与智慧。
そういった人たちとも一緒に、このオンキャンパスの中で、我々は今日的な、やっぱり生きる意味とか、その中でテクノロジーや知恵をどう活かすのかということを考え続けたいというか。
我也想一直和这些经营者们保持对话交流。
そういう経営者の皆さん方とも対話をし続けていきたいな。
其实也不只是经营者,但现在大家都开始意识到这一点了,而和这些人开展交流,也只有在拥有校园的前提下才能实现。
経営者だけじゃないんですけど、ただそういう人たちがやっぱりそういうことに気づき始めているので、そういう人たちとの対話が、キャンパスがあることならではの。
而且还秉持着探索求知的精神。
そして見学の精神というものがある。
我希望能和整个社会一同去探讨,大学究竟拥有怎样的独特优势。
大学としての、なんかこう、優位性というか、そういうものをなんかこう、社会と一緒に考えていきたいなっていうふうには思います。
对,时代的发展潮流确实在往这个方向走了。
そうですね、やっぱり時代の流れがそっちに来てますね。
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原来有这么多经营者都想要学习佛法,这点我明白了。最后想请教一下,这次会新设两个学院对吧?
いろんな経営者の方が仏教を学びたいふうっていうふうに考えられているってことは、なるほど、最後になんですけど、その、今回、新しい学部がその2つ開設される。
刚才听完您的讲解,我非常理解这两个学院之间会形成有机的联结。那能不能请您聊聊,有没有什么您希望通过这个新校区、通过这两个学院来实现的美好愿景呢?好的,谢谢。
で、本当にそれが有機的に繋がるっていうのは、お話を伺ってかなり理解できたんですけど、そのキャンパスを通じて、その学部を通じて、こんな未来が実現したらいいな いうもの、何かあったら伺ってもいいですか。はい、ありがと。
有的。
ございます。
其实我认为大学接下来会迎来一个极度严寒的时代,我们得熬过这个寒冬,极寒的时代就要来了。
実は大学って、今からもう極寒の時代っていうか、冬の時代を乗り越えて、僕は極寒の時代が来る。
目前18岁人口正在不断减少,就去年的新生儿数量来看,和现在的大学入学人数几乎持平。
これはもう 18 歳人口がどんどん減っていって、去年生まれた子供たちの数で言うと、今の大学入学者数とほぼ一緒っていうか。
而且并不是所有人都会去上大学,所以在18岁人口急剧缩减的背景下,大学的职能、以及人们在大学中学习的意义都开始受到审视。
だから当然全員が大学なんて行くわけではないので、そういう意味ではかなり急激に 18 歳人口が減っていく中で、大学の役割とか、大学で学ぶことっていうことが問われる。
我认为那样的时代正在到来。
そういう時代が来ると思います。
另外,如果AI发展成熟,就会出现类似美国已经出现的“蓝领亿万富翁”这类现象,换句话来说就是,单从“什么行业能赚到大钱”这个角度来看,会出现这样的情况——
で、AI が果たすれば、アメリカなんかでも起こっているブルーカラービリオネアみたいな世界っていうか、何がこう、ある意味で稼ぎ出すのかみたいなところで言うと、そういうなんかこう。
一个开始重新审视大学应当以何种形态存在的时代即将到来。
大学のありようみたいなものが問われる時代が来る。
其实我们已经处在这样的时代里了,我个人认为这个趋势早就到来了。
もうそこまで来ている しかも来ていると思っているんですね。
我觉得在这个节点,我们必须认真思索,大学要如何在社会中、在地域里保持自身的存在价值。
その時に僕らは社会の中で、地域の中で、大学というものがどういう存在であり続けるかということは結構真剣に考えなければいけないんじゃないかなというふうに思うんですね。
我认为至关重要的一点是,包括这次新增的两个学部,再加上现有的农学部、理工学部,这些构成琵琶湖大津校区的理工科类学部,能否真正成为当地社会无可替代的存在,这一点非常关键。
僕はなんかこの 2 つとか、あと農学部や理工学部というような、ある意味で 琵琶湖大津キャンパスを構成する理系の学部なんかは、特に地域社会にとってかけがえのない存在になれるかどうかということが非常に重要だと思ってい。
是这么回事。
るんです。
刚才也提到,我们要成为社会变革的核心力量——这么说可能有点空泛,但具体来说,就是要以各种形式为地方做贡献,将地方的需求和大学的研究成果进行对接。
先ほど言ったように、社会変革の中核的担い手になるということは、そういう言い方をするとちょっと手触り感がないですけど、いろんな形で地域に貢献できたり、地域のニーズを大学の研究シーズとマッチングさせることによって。
通过持续创造新价值、为他人创造幸福,我们就能和各界建立起牢不可破的信任关系,这样一来,哪怕龙谷大学哪天遇到了什么状况,地方民众和整个社会都会愿意站出来说一句“没事的”。
新しい価値や誰かの幸せを生み続けるという営みによって、より強固な信頼関係が結ばれて、例えば龍谷大学が何かあった時に大丈夫って地域の人たちや社会が言ってくれるというか。
我一直希望我们的大学能成为这样无可替代的存在,而不是那种轻易就会被冲垮的院校,这也是我们现在申请新设这两个学部的初衷。
そういうやっぱりかけがえのなさっていうか、壊れるっていうかねなんかそういう大学であり続けたいというふうに思っていまして、今、この 2 つの学部を新設させていただく。
其实这些实践和追求的目标,我认为最终都会指向这个方向。
実は営みとか、そこで目指すものというのは、僕はそこにつながっていくんじゃないか、そういう。
虽然可能看起来微不足道甚至有些平淡,但能为社会做贡献,哪怕是小规模的成功体验。
ちっちゃくて地味かも かもしれないけど、社会に役に立ったり、ちょっとした成功体験。
我觉得学生们也是如此。
これは学生たちもそうだと思うんです。
当他们亲手做的事情,比如农学部种植蔬菜并销售给当地居民时,看到对方由衷的喜悦。
自分たちがやったこと、例えば農学部なんかでも野菜を作って、それを地域の人に販売させてもらった時に、むちゃくちゃ喜んでもらう。
正是这种利他性——通过我们的行为、研究和教育让他人感到快乐,或是改变某些看似不合理的处境。
だからそういう誰かのためになるっていう利他性というか、それによって誰かが自分たちの行為や研究や教育によって、誰かが喜んでくれたり、誰かのある意味では理不尽な状況を。
这些微小的积累最终会转化为信任关系,让人们发自内心地说'有龙谷大学真好',我们希望能构建这样的关系并通向未来。
変えれたり、そういうふうなちっちゃい積み上げが、結果として信頼関係とか、龍谷大学あってくれてありがとう、よかったっていうふうに本質的に言ってもらえるような関係性とか、そういう将来に結びつけたい。
这也是我们在2039年迎来400周年时希望达成的愿景,所以期待这两个学部能率先在琵琶湖大津校区实现这个目标。不过确实,
それが私たちの 400 周年を迎える 2039 年に 成し遂げたい姿でもあるので、だからそういうことをこの 2 学部が先導しながら、琵琶湖大津キャンパスで実現ができればいいなというふうには思っています。でも、確かにそうで、
呢。
すね。
在这片土地上扎根并做出贡献,即便在大学面临严峻挑战的时代,也能持续发挥其价值。
その土地にやっぱり根ざしてる、その土地に貢献してるっていうのは、この大学極寒時代においても価値を発揮し続けますもんね。
是的,确实如此。
そうですね、はい。
因此,当这些孩子们来到校园时,会想着‘我也想成为那样的大哥哥/大姐姐’。
なので、そういう子どもたちが なんかキャンパスに来て、ああいうお兄ちゃんになりたい、お姉ちゃんになりたいというふうに思ってもらえる。
这意味着学生们必须闪闪发光,成为校园的核心,才能让孩子们看到这样的景象。
それは何かというと、学生たちがキラキラ輝いて、学生が主軸でキャンパスがそういうふうに見えないと。
如果孩子们无法对校园产生向往之情,我们就需要打造这样的校园环境,始终以学习者为中心来培养他们。
子どもたちもそこに憧れの目っていうのは開いてくれないので、そういうキャンパスを作っていきながら、そういう学び手をやはり学習者を中心としながら育てていく。
为此,我们必须持续思考大学和教师需要进行怎样的改变。
そのために大学や教員はどう変わらなければいけないかということは常に考え続けたいなというふうには思います。
明白了。
わかりました。
不,这真是非常...整个蓝图都讲解得十分清晰透彻。
いや、非常にこう、全体の絵がすごくよくわかるお話でした。
那么,我们今天的内容就到这里结束吧。
ということで、今日はこのあたりで締めくくっていきたいと思います。
川先生,今天非常感谢您。
川さん、今日はありがとうございました。
好的,非常感谢。
はい、ありがとうございました。
本次《新闻连线》的嘉宾是野村高文。
ニュースコネクトお相手は野村高文でした。
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