本集简介
双语字幕
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好的,大家好。
はい、みなさんこんにちは。
现在是Yuu的日语播客时间。
ゆうの日本語ポッドキャストのお時間です。
大家最近都好吗?
皆さん元気にしていますでしょうか。
今天是2026年4月2日星期四,我们正在录制这期播客。
今日は 2026 年の 4 月 2 日木曜日にこのポッドキャストを撮っています。
所以呢,虽然是周四,但这是本周的第一期播客。
ということでね、木曜日なんですけども、今週 1 回目のポッドキャストです。
那个,从上周末开始我请了假,去了一个海边小镇休息度假。
あの、先週の金曜日あたりからバケーションをもらっておりまして、ある海の田舎町にお休みっていうか、あの休暇を過ごしに行ってきました。
关于那边的故事,我打算在另一期播客里慢慢聊,总之这周前半段算是休假状态。
あそこら辺の話はね、また別のポッドキャストでのんびりとお話ししていきたいと思うんですけども、そんな形でちょっと今週週前半はお休みでした。
好的,下次见。
はい、またね。
现在我充满干劲,想为大家带来更多播客内容,所以今天、明天,甚至这周内都会努力制作更多节目给大家。
あのエネルギー満タンで、皆さんにいろんなポッドキャストお届けしたいなということで、今日、明日、できればたくさんね、今週中にも皆さんにポッドキャストをお届けできるように頑張っていきたいなぁと思っ。
正在努力中。
ております。
好的。
はい。
其实呢,虽然准备了很多想录制的节目内容,但正好今天在思考四月份的工作安排。
で、まぁ、実はですね、いろいろなエピソード、撮りたいものも準備はしていたんですけども、そう、ちょうどですね、まぁ、今日これから 4 月のお仕事どうしようかなぁなんていうのをね。
一边想着这些一边查看邮件时,
考えながらメールのチェックをしていたところ、
非常抱歉。
大変申し訳ない。
发现一个月前就收到了听众来信。
1 ヶ月くらい前にね、お便りをいただいていたんですよ。
对,就是那封包含播客请求的听众来信。
そう、そのポッドキャストのリクエスト兼お便りですよね。
这个真的让我非常开心。
で、これ、すごい嬉しいです。
虽然之前说过一定会录制,但完全忘记了这件事,实在抱歉。
必ず撮りますって言っときながらね、すっかり撮るのを忘れていましたので、ちょっと。
其实是最初就打算录制的节目内容。
実は最初に撮ろうと思っていたエピソード。
后来决定改天再录那个,这次想先录制听众来信中提到的主题播客。
そのまた後日撮ることにして、今回はそのお便りの テーマのリクエストのポッドキャストを撮っていきたいなと思っております。
所以这次几乎不闲聊了,直接进入主题吧,现在就来读听众的来信。
ということでね、今回はフリートークもうほぼなしで、もう早速メインテーマに入っていきたいと思うんですが、早速お便りの方、読んでいきたいと思います。
好的,接下来是来自听众'弗兰皮'的来信。
はい、ということで、ラジオネームフランピーさんからですね。
好的。
はい。
嗯,您好,我是弗兰皮。
えーと、こんにちは、フランピーと申します。
冒昧突然发邮件打扰您。
突然のメールにて失礼いたします。
请允许我保密国籍,目前我是住在美国印第安纳州卡梅尔市的一名正在学习日语的高二学生。
国籍は内緒にさせていただきますが、現在はアメリカ・インディアナ州にあるカーメル市に住んでいる日本語学習中の高校 2 年生です。
哦,这么算的话应该已经高三了吧。
お、おもうってことはもう高校 3 年生になったかな。
因为现在是四月了。
4 月だからね。
是的。
はい。
开始学习正好半年时间。
勉強を始めてからちょうど半年になります。
虽然还很生疏,但今后我也会努力学习,争取能有所进步。
まだまだ未熟ではありますが、これからも一生懸命勉強して少しでも上達できるように頑張っていきたいと思っております。
那么事不宜迟,请允许我进入听众来信的正题。
さて、早速ですが、お便りの本題に入らせていただきたいと思います。
最近,我思考了一些关于伪关西腔的事情。
最近、エセ関西弁について考えることがあったんです。
关西腔在电视和社交媒体上经常使用,我想很多人都会带着亲切感去模仿。
関西弁はテレビや SNS でもよく使われるので、親しみを込めて真似する人も多いと思います。
但我了解到,实际上由于口音和语气的差异,或是被刻板印象化地使用,有些关西本地人会感到不快。
でも実際にはアクセントやニュアンスが違ったり、ステレオタイプ的に使われたりすることで不快に感じる関西出身の方もいると知りました。
我再次感受到,语言不仅仅是交流的工具,也与当地的文化和身份认同息息相关。
言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなく、その土地の文化やアイデンティティにもアイデンティティでもあるのだと改めて感じました。
亲切与轻视或许只有一线之隔。
親しみと軽視は紙一重なのかもしれませんね。
悠悠老师对伪关西腔有什么看法呢?
ゆゆ先生はエセ関西弁についてどのようにお考えでしょうか。
非常希望能听听您的意见。
ぜひぜひご意見をお聞かせください。
拜托了。
お願いします。
来自Frampy的请求,Frampyさん,非常感谢你的点播。
フランピーよりということで、フランピーさん、リクエストありがとうございます。
哎呀,真不错,越来越有广播节目的感觉了呢。
いや、いいよね、本当にラジオっぽくなってきましたよ。
好的。
はい。
那么,这次的主题是伪关西腔。
ということで、今回のテーマはエセ関西弁。
大家有听说过这个词吗?
皆さんこの言葉は聞いたことあるかな。
所谓'伪',就是'不真实'的意思。
エセっていうのは本当じゃないっていう意味ですね。
是的。
はい。
在东京可能会说'山寨版'之类的,关于这个假关西腔,稍微解释下背景的话,就是东京的人啊...
東京の方ではなんちゃってとかって言うかもしれないですが、嘘関西弁っていうことで、ちょっとコンテクストの説明をしていくと、その東京の人とか。
当其他地方的人模仿大阪口音时,那并不是真正的口音。
他の地方の人が大阪のアクセントを真似すると、それは本物のアクセントじゃない。
因为发音会有些变化,所以人们会谈论这个现象。
ちょっとこう、音が変わってくるっていうのでね、そういうのを話す。
有一种大阪特有的现象,就是大阪人非常讨厌非大阪出身的人模仿关西腔,而这次就是询问我对这件事的看法。谢谢。
そういった、その大阪生まれではない人が 関西弁を真似するのを、大阪の人はとても嫌うっていう、そういった大阪あるあるがあるんですけども、そのことについて僕はどう思っているのかというリクエストでございました。ありがとう。
谢谢。
ございます。
关于这期话题,我提前做了充分准备,首先,
早速ね、今回このエピソードについてしっかりと準備をしてきたんですが、まず初めに、
我想先谈谈我坦诚的看法。
僕のね、率直な意見を話していきたいと思います。
对于大阪人讨厌其他地方的人模仿大阪口音这件事,我觉得是件好事。
この大阪の人が他の地方の人が大阪のアクセントを真似するのを嫌うことについて、僕はいいことかなって思うんですよ。
因为正是有这种敏感度,现在日本的方言才能得以保护。
っていうのも、この感覚があるから、今、日本の方言が守られていると思うんですよね。
没错,我觉得方言从语言学的角度来讲是非常珍贵的东西。
そう、方言っていうのはその言語学的にすごく大切なものだと思うんですよ。
而且要是方言消失了,日语本身的独特韵味也会不复存在,日语的多样性和丰富性也会随之流失。
で、これがなくなってしまうと、日本語らしさっていうものがなくなってしまいますし、その日本語の種類ね、豊かさみたいなものがなくなってしまうと思うんです。
那要怎么守护方言呢?就像这次提到的“冒牌关西腔”那种情况,当地人会觉得外地人别这么随随便便就拿来用。
で、どういうふうに守っていくのかっていうと、今回のね、エセ関西弁みたいな、外の人がそんな簡単に気軽に使うなよってその人が思っ、その土地の人が。
正是因为大家有这样的想法,方言才能一直被守护下去吧。
思ってるからこそ守られていくんじゃないかなって思います。
好的。
はい。
不过呢,在座各位都在学习日语,关西腔的口音本身特点非常鲜明,所以肯定有朋友会想要试着模仿、想要学习它。
ただですね、せっかく皆さんがこう、日本語を勉強していて、やっぱりこう、関西弁アクセントってすごくこう、特徴 もありますし、真似してみたいな、勉強してみたいなっていう人がいると思います。
那要是外国人学了关西腔,最后说出来的是“冒牌关西腔”,会不会被大阪人讨厌啊?
で、そんな人がもしこれ外国人が関西弁話したら、エセ関西弁になって大阪の人に嫌われちゃうの。
明明是想和大阪人沟通才想要学关西腔的,结果反而会起到反效果吗?这也太离谱了。
大阪の人とコミュニケーションを取りたいから、関西弁を勉強しようと思っているのに、えっ 逆なの。
该怎么办才好呢?
どうすればいいの。
我觉得有些人会为此感到困扰。
って悩んでして悩んでしまう人もいると思うんですね。
大家说话本身完全没有问题,但要理解是什么样的时代历史背景导致了现在这种——外地人、非该地区的人
皆さんが話すことに関しては全然問題はないんですけども、どんなその時代の歴史の背景、バックグラウンドがあって、今こういった形で、その外の人、その地方じゃない人、その。
非本地人使用当地方言会让人感到不舒服的情绪,在理解这个基础上再决定自己是否要使用。
土地じゃない人が自分のところの方言を話すのが嫌な気持ちになるのかっていうのを理解した上で、じゃあ自分は使おうかな。
我认为应该思考该如何使用才合适。
どういうふうに使おうかなっていうふうに考えればいいと思うんです。
毕竟在社交媒体上,往往只能看到表面信息——比如大阪人讨厌伪关西腔——如果仅凭这点就做出各种判断,我觉得很可惜。
やっぱどうしてもこう、SNS だと、表面上、つまり大阪の人はエセ関西弁が嫌いだっていうインフォメーションだけしか知らないで、それでいろんなことを判断してしまうともったいないかなと思うんです。
我觉得更重要的是从更深层次理解这种现象产生的原因,然后寻找属于自己的答案。
もっと深いところから、なんでこういうことが起きるのかっていうのを理解した上で、それで自分なりの答えを探していくことが、僕はこれ 大事だと思うんですね。
因此这次我想谈谈关于伪关西腔这个概念本身是如何产生的,以及我个人对此的一些思考。
っていうことで、まぁ今回は、まぁ、エセ関西弁っていうのが、どうしてそういうコンセプト自体がどうして生まれてしまうのか、生まれるのかっていうところを僕なりに考えて、まぁ話していきたいなと思います。
因此呢,这次的播客内容可能会比较难懂,但我会尽量用简单的词汇,以流畅的节奏和愉快的氛围来讲述。
ということでね、今回のポッドキャスト、かなり難しめの内容になっていくと思うんですけども、できるだけ簡単な言葉を使って、リズムよく、テンポよく、気持ちよく話していきたいと思いますので。
希望大家今天也能听到最后,我会非常开心。
ぜひ今日も最後まで聞いていってくれると嬉しいです。
那么,就请多多关照了。
ということで、それではよろしくお願いします。
优优的日语播客。
ユーユーの日本語ポッドキャスト。
好的,那么这次关于'伪关西腔'这个主题,为什么会有如此强烈的意见呢——弗兰皮先生还特意发邮件,参考这个内容,说'我看了伪关西腔...
はい、ということで、今回、ねこのエセ関西弁っていうテーマについて、どうしてこんなにね、その強い意見というかね、そのフランピーさんの方がメールでね、これを参考にして、あの、僕はエセ関。
并学习了一番'的视频发给了我。
西弁について 見て、あの勉強してみましたっていう動画を送ってくれたんですよ。
应该是那个'轻松语言电台'吧。
で、あのゆる言語ラジオさんかな。
是一位非常知名的YouTuber的视频。
もうすっごい有名なユーチューバーさんの動画です。
已经相当了不起了呢。
もうかなりね。
视频内容也很难懂,仅用半年学习就能理解这个视频内容,真是太厉害了,哇哦。
動画の内容も難しいのでわ、半年の勉強でこの動画の内容を理解するのなんて、す、すごいなあ、ワオ。
我当时这么想着,不过这个话题先放一边,那里也提到伪关西腔非常招人讨厌,真是让人火大呢,类似这样的话,那个轻松语言广播的主持人说了。
って思ったんですけど、その話は置いておいて、で、あそこでもその遠征関西弁がすごい嫌われるんだよって、もうほんと憎たらしいですよね、みたいなことを、その、ゆる言語ラジオのね、あの MC の方が言っていて。
一半是玩笑,但一半又像是真的。
もう半分冗談だけど、半分本当みたいな。
对于正在学习日语的各位来说,伪方言真的这么招人讨厌吗?
これ、日本語を勉強している皆さんからすると、そんなに嫌われるもんなの。
可能会觉得害怕,但我思考了为什么会产生如此强烈的情感,首先第一点是贵族意识这种东西。
怖って思うかもしれないんですが、ここら辺でなんでこんなに強い感情が生まれるのかって僕なりに考えたんですけども、まず1つ目は貴族意識っていうもの。
然后第二点是排他性的性格。
そして 2 つ目は排他的な性格。
这两者结合起来,就形成了这种伪关西腔,也就是伪方言对吧。
これが組み合わさって、このエセ関西弁、エセ方言ですよね。
我觉得日本人讨厌这种(行为),大概会形成这样的模式吧。
っていうのを日本人が嫌うっていう、そういった形になっていくんじゃないかなと思っております。
好的,这次我们使用了一些较难的词汇,我会尽量简单地解释说明。
はい、今回ね、ちょっと難しめの言葉をよく使っているので、簡単に説明していきたいと思うんですけども。
首先,所谓贵族意识,就是对自己所属群体或团体是否有认同感。
まず、貴族意識っていうのは、自分がいるグループとか、そういった団体の意識があるかどうか。
举个例子,简单的贵族意识可以这样说:'我是某某地方的人'。比如我虽然在日本出生长大,但我是日本人。
はい、例えば簡単な貴族意識で言うと、僕は〇〇人って っていう貴族意識で、例えば僕は日本で生まれて日本で育ちました けれども、僕は日本人だ。
我属于日本这个国家,和同样在日本出生的人是同一个群体——这就是所谓的贵族意识、群体认同。
僕は日本っていう国の中の、同じように日本で生まれた人たちと同じグループなんだっていう、こう、貴族意識、グループ意識があるわけですよね。
嗯,这种贵族意识并非日本人独有,而是全世界人类共有的感觉。
うん、これね、あの貴族意識っていうのは日本人だけが持っているものではなく、世界中どこにでもある人間の 感覚だと思うんですよね。
比如说,'我出生在美国'。
例えば、自分はアメリカで生まれました。
就会产生'我是美国人'这种归属意识。
アメリカ人っていう帰属意識があると思いますね。
即便不是以国家为单位,比如我属于欧洲人。
例えば国じゃなくても、僕はヨーロッパの人間なんだ。
既有作为欧洲人的归属感,也有'我是亚洲人'这种亚洲认同感,性别认同也是如此。
ヨーロッパ人としての帰属意識、僕はアジアの人間なんだっていうアジアの帰属意識みたいなものもありますし、ジェンダーみたいなものもそうですよね。
对吧。
ね。
比如LGBTQ群体,人们也会有'我属于这个性别分类'的归属意识。
LGBTQ とかありますけども、ああいったそのカテゴライズされているジェンダーに僕は所属しているんだっていう帰属意識もありますよね。
除此之外,我觉得最让我们有亲切感的可能是代际划分。
それ以外で言うと、僕らに一番親しみがあるのは世代なんじゃないかなって思うんですよね。
比如Z世代、α世代、千禧一代,在国外也是根据出生年份来决定属于哪个世代。
例えば Z 世代とか、アルファ世代とか、ミレニアル世代とか、あの海外でも、その生まれた年によって、そのジェネレーション、世代っていうものが決まりますよね。
不知不觉中,这些世代标签就成了我们身份特征的一部分,形成了一种代际认同感。
で、なんとなくこう、自分のステータス、性格というかね、自分の、そうね、自分自身の、こう、情報の一つとして、そういった世代の貴族意識があると思います。
嗯。
うん。
除此之外,兴趣爱好也是如此吧。
で、それ以外でも趣味とかもそうですよね。
比如有特别喜欢这款游戏的群体归属感,或者其他的兴趣爱好也是这样。
このゲームがめちゃめちゃ好きな人のグループっていうのでの貴族意識があったりとか、あとは趣味とかもそうですよね。
对吧。
ね。
比如说,特别喜欢火车的群体。
例えば、電車が大好きなグループね。
我就是个火车迷。
僕は電車が好きなんだ。
这样一来,虽然没和同好直接交流过,但总觉得有种群体认同感。
ってなると、電車が好きな人同士で直接話したことはないんだけど、なんとなくグループ感があるっていう。
嗯,还有就是什么呢,学习日语可能也是这样吧。
うん、あとは何でしょうね、日本語の勉強とかもそうなんじゃないね。
你看,我在教日语,所以对日语教师这个群体,教日语的人们,自然会有种同伴的感觉。
あの、僕は日本語を教えているから、なんとなく日本語教師、日本語を教えている人、そういったグループにはなんとなくそう、同じ仲間感がありますよね。
我觉得这类归属感或许也算是圈层意识的一种体现吧。
そういうものも貴族意識の一つなんじゃないかなと思いますけどもね。
学日语的人大概也会有这种感受,虽说算不上是日语学习者的通病,但凡是学日语的人都能共情这种心情,类似‘原来你也在学日语啊’这种感觉。
日本語を勉強している人も多分日本語学習者あるあるじゃないけどもね、日本語を勉強している人ならこういう気持ちわかるよね、とか、うん、君も日本語勉強しているんだ。
就有种‘咱们是一伙的’的感觉。然后呢,这种意识还会延伸到地域乃至国家层面的圈层认同里,我们其实就是这样,归属于各式各样大大小小的不同群体。
同じグループだね、みたいなもの はいね、あのー、で、それがね、例えば地方とか国の貴族意識っていうものにもなりますし、そういうもの一つ一つ、いろんなグループに私たちはこう所属して。
平日里也都是以这些群体成员的身份在生活的。
グループの中のメンバーとして日々を送っているわけなんですけども。
尤其是这种圈子里的优越感,对吧。
特にこの貴族意識ね。
我会有自己归属于某个群体的感觉,虽然我完全没有数据支撑,但从我个人的感受来说,我觉得日本人在这一点上,有着很强的排他性。
自分がそのどっかのグループに所属しているっていう気持ちと、僕、僕のね、あくまでもデータとかは全くないんだけど、僕の感覚として、日本人はそこにね、強い排他性があるんじゃないかなと思うんです。
说到排他性,‘排’就是排除、驱除、消除的意思对吧。
排他性っていうのは、排は排除する、取るとかね、消すみたいな意味かな。
‘他’就是其他人,也就是说,我觉得把外人排除在外、清除出群体的这种意识在日本人当中还挺强烈的。
他は他、つまり、他の人を消す、他の人を取り除く、そういった意識が結構強いんじゃないかなと思うんです ねぇ。
不知各位怎么看,生活在日本的人多少会有这种感觉吧。
どうでしょう、日本に住んでいる人がなんとなく感じる。
我觉得无论我怎么努力,无论怎么学习日语,终究还是无法成为日本人,存在某种无形的壁垒。
僕はどんなに頑張っても、どんなに日本語を勉強しても、やっぱり日本人にはなれないんだなぁっていうどっかの壁みたいなものがあると思うんですけど、そういうのもね。
我认为这其中排他性非常强烈。
一つ排他性がすごく強いんじゃないかなと思うんですよ ね。
他们会说'我们是日本人,而你是外国人'。
私たちは日本人だけど、あなたは外国人だよね。
就这样被划清了界限。
みたいなラインを引かれてしまう。
相反,我现在生活的墨西哥这个国家,就完全没有这种排他性。
逆にですね、僕が今生活しているメキシコっていう国は、この排他性っていうのが全然ないですね。
比如说从来不会有人说'雄介你毕竟是外国人',或者'我们是墨西哥人,你是日本人所以不一样'这种话。
そういや、雄介はやっぱり外国人だよね、とか ねぇ、私たちはメキシコ人で、あなたは日本人だから違うよね っていう、そういうものを感じたことが本当にないんですよね。
是的。
そう。
而我从小在日本出生长大,所以这种排他性很强。
で、僕はずっと日本で生まれ育っていたので、その排他性が強いね。
从小就深刻感受到那种不愿让其他群体加入的、有些令人不快的团体意识。
他のグループの人を入れないようにするっていうなんかそういうちょっと嫌な仲間意識みたいなものを子供の頃からすごく感じながら生きていたんですよ。
后来20岁时移居墨西哥,来到这里才发现,原来可以这么容易融入,完全没有那种'你是外人别进来'的排他性。
そうで、メキシコにね、あの、20 歳の時に移り住んで、メキシコに来て、こんなに行きやすいんだ、こんなに排他性ね、外の人間だから入ってくんなよ。
意识到这点时真的非常震惊。
みたいなものがないんだなぁと思って、うん、すごくびっくりしましたけども。
那么为什么这种排他性——即排斥外部群体的现象会经常发生呢?
じゃあなんでね、この排他性、つまり外のグループの人を入れないようにするっていうことがよく起こるのか。
事先声明这只是我的个人感受,并非所有日本人都这样。
これ、あくまでも僕の感覚だし、日本人がみんなそうではないっていうのは先に言っておくねね。
这类话题容易引发'不是所有日本人都这样'之类的争论,所以先说明白——这种排他性究竟...
あの、この手の話はさ、日本人がみんながみんなそうじゃないと思いますとか、そういうね、そういう意見とか、そういう喧嘩になりかねないからさ、なっちゃう可能性があるので先に言っておくけど、もうその排他性のだから何。
是源于人类怎样的心理状态和情感呢?
人間のどういったこう心境、その気持ちから生まれるものなのかな。
仔细想想,我觉得这可能是为了保护品牌价值吧。
ってか 考えると、やっぱりブランド性を守るためなんじゃないかなって思うんですよ。
大家知道,品牌有很多种对吧。
皆さん、ブランドっていろいろありますよね。
比如说服装品牌,有路易威登、蔻驰、普拉达之类的。
ねえなんだろう、服のブランドで言うと、ルイ・ヴィトンとか、あとコーチとかプラダとかね。
还有阿迪达斯等各种品牌,但如何维持和控制这些品牌的质量呢?最重要的可能就是保持稀缺性。
あの、あの、アディダスとか、いろんなブランドがありますけど、そのブランドのそのクオリティをどうやって維持するのか、コントロールするのかって、やっぱり一番大切なのって限られていること。
我觉得关键在于数量要有限制。
数が少ないことなんじゃないかなと思うんですよ ね。
比如说如果人人都拥有路易威登,它的价格就会下跌对吧。
例えば、みんながみんなルイヴィトンを持っていたら、ルイヴィトンの値段は下がりますよね。
所以虽然不太确定,但路易威登的包应该不会像普通商品那样大量销售。
そうだから多分わかんないですけどね、ルイヴィトンのバッグっていうのは、多分普通にこう売っているね。
和路边摊卖的包相比,它的数量肯定要少得多。
あの道で売っているバッグとかと比べると、多分数は少ないんでしょうね。
我认为正是在这一点上产生了品牌的价值,嗯,对,那个价值...怎么说来着,价值评估对吧?
そこにブランドの価値ね、うん、そうね、価値バロールってなんて言うんだっけね、が生まれると思うんですよ。
对。
そう。
所以,我觉得人类的群体可能也是同样的道理。
で、これ、人間のグループも多分同じだと思うんですよね。
比如说学历。
例えば学歴ね。
自己毕业于什么样的大学
自分がどういった大学
或者自己是否是运动员,那种非常努力运动的人,班级里的小群体也是这样的对吧。
を卒業したのか、とか、自分は運動をやって いたアスリートね、すごい、こう、運動を頑張っていた人たちなのかとか、クラスの中のグループとかもそうですよね。
嗯。
ね。
比如我属于这个群体之类的,这些和日本人从小就一直感受到的竞争社会,总觉得就这样...
僕はこのグループに所属しているとかそうで、そういったものと、やっぱ日本人がずっと子供の頃からこう感じてきた、競争社会っていうものが、なんとなくこう。
我觉得这些因素可能从童年时期就在日本的生活中不知不觉地融合在一起了。
合わさってるんじゃないかなーっていうのを、子供の時からこう、日本に住んでいてね、なんとなく感じていたんですよ。
竞争社会,与其说是大家互相帮助让生活更美好,不如说是已经决定了。
競争社会、つまりみんなで助け合ってね、人生を良くしましょうというよりかは、決まった。
怎么说呢,日本人一直在有限制的环境中竞争谁能进入那些有门槛的领域。
なんだろう、こう、リミットがある、制限があるところに誰が入れるのかっていうのをずーっと競争しながら生きている日本人ですよね。
首先想到的可能是体育之类的吧,嗯,至今记忆犹新,比如运动会,我小时候学校运动会上有那种选拔出来的人才能参加的接力赛。
まず最初に出てくるのはね、あの、スポーツとかですかね、うん、もう今でも覚えていますけども、あの、例えば運動会みたいなもの で、あの、僕が子供の頃はその学校の運動会で、その選ばれた人が参加できるリレーみたいなのがあったんですよ。リレー。
接力赛就是,大家跑步传递接力棒,看哪队跑得最快。
っていうのは、あの、走ってね、バトン棒をこう、一人一人でこう渡していって、ぐるぐるこう 回って、誰が一番速いか勝負するの。
虽然叫接力赛,但其实是班级里选拔跑得快的人参加,像我这样不太擅长运动的人自然没资格参与。
あれ、リレーって言いますけど、そう、クラスで、なんか足の速い人を選んで、その人がリレーに参加できるって、僕みたいにね、運動があんまり得意ではない人は、もちろんそういうところには参加できないわけですよ。で、やっぱそういうと、
能参加这种活动的人很了不起。
ころに参加できる人はすごい。
会让大家心生向往呢。
みんなから憧れるね。
大家当然都想参加。
みんなもちろん参加したい。
但班上只有两个人能参加。
でも参加できる人はクラスで2人しかいない。
这种能参加接力赛的人就会产生很强的贵族意识。
もうこれなんかももう、そのリレーに参加できた人たちはすごく強い貴族意識が生まれるわけですよね。
感觉我们是被选中的人。
僕たちはそこに選ばれた人間なんだ、みたいな。
另外,我小学时打过一点棒球,小学四五六年级和初中一二三年级基本没打,不过日本人真的很喜欢棒球。
あとは、あの、僕、小学校の頃から野球をね、少しやっていたんですけども、少し、そうね、小学校 456、中学校 12、3 年生はほとんどやってなかったけど、もう野球とかは日本人すごく好きですけども。
棒球也是个贵族意识很强的运动。
あれもすんごい貴族意識の強いスポーツですよね。
我们是这个队伍的成员。
僕たちはこのチームのメンバーなんだ。
而且这个队伍必须赢。
で、このチームが勝つんだ。
但那个团队内部也存在激烈的竞争,对吧?
でもそのチームの中には激しい競争があるわけですよね。
因为棒球比赛只能上9个人啊。
野球っていうのは 9 人しか出られないわけですからね。
比如团队有30人,那就有21人无法上场。
例えばそのチームに 30 人いたら 21 人は参加できない ね。
就算在场外拼命加油练习也没用。
外で応援するだけたくさん練習してもだよ。
但话说回来,为了团队获胜必须派强手上场,所以技术不够好的人就没机会。
かといってやっぱチームで勝つためには強い人が出なきゃいけない ないので、あんまり上手じゃない人は出られない。
当然,能上场的选手都不想被别人抢走自己的位置,这种地方就会产生竞争。
で、もちろん試合に出られる人は他の人に自分のね、その試合の出られるそのポジションを取られたくないですから、そういったところで競争が生まれる。
是的,这类运动特别是团体项目里,
うんね、そういったスポーツでは必ずね、特にあの団体スポーツですよね。
像棒球、足球、篮球、排球这些,都必然伴随着激烈的竞争。
野球とか、サッカーとか、バスケットボールとか、バレーボールとか、ああいったものには必ず激しい競争っていうのがつきものですよね。
在这样的环境中,体育运动,还有那些小团体,嗯,以前很常见的那个。
そういった中で、そのスポーツ、あとはもうグループだよね、その、よくあったよ、あの。
学校里也有受欢迎的小团体,可能大家的学校也都有过吧。
学校の中でも人気者のグループとか、多分みんなの学校にもきっとあったと思うけどね。
受欢迎的团体、不受欢迎的团体,比如宅男团体或安静人群的团体,这些团体内部也存在类似排名的东西。
人気者のグループ、人気者じゃないグループなんか、オタクのグループとか、静かな人のグループで、そのグループの中でもやっぱりランキングみたいなものがあって。
当然,那些开朗活泼又擅长运动的人,在班级团体里的地位往往更高,像我这样的人就几乎进不了那种高层次的团体。
もちろんこう、明るくて元気でスポーツが得意な人たちはね、クラスの中のグループのレベルが高かったりとか、僕なんかはその高いグループにほとんどいられなかったので。
虽然有点像是嫉妒心理,但确实带着酸葡萄心态,虽然觉得他们很厉害,但存在这种等级时,嗯,为了提升自己团体的档次,就会不希望其他人...
ちょっとね、ひがみじゃないですけど、キーみたいな気持ちでいましたけども、いいなと思ってたけども、そういったものがあると、うん、で、そういう中で やっぱりその自分たちのグループのブランドを高くするためには、他の人に。
加入进来的心情,在这种竞争中变得非常重要,或者说,这种排斥心理很自然地就会产生对吧。
は入ってほしくないっていう気持ちっていうのは、この競争する中ですごく大事になってくるというか、当然ですけども生まれてきてしまう気持ちだよね。
是啊,体育竞赛是这样,学习竞争也是,想要保持靠前的...
そうね、スポーツでもそう、勉強でもそうね、自分が上高い、その。
排名的话,就会不自觉地希望别人不要那么努力,不希望他们超越自己,这种心情我想大家都能理解吧。
順位に残るためには、他の人には頑張ってほしくないというか、自分のところに来てほしくないっていうところ、気持ちはなんとなく皆さんわかると思うんです。
这种竞争从古至今一直存在。
で、そういった競争っていうのは昔からあったと。
于是就会觉得那些外来者都是冒牌货、假货、山寨货,这种情绪大概就是这么产生的吧。
で、それが多分外から入ってくる人たちは偽物なんだ、エセなんだ、なんちゃってなんだっていう、そういった気持ちにつながるのかなとは思います。
不过这可能不仅限于日本,全世界大概都存在这种心态。
でもこれは多分、日本だけではなく、世界どこでも多分そういった気持ちっていうのがある。
作为人类这也是无可奈何的事吧,那么
それも人間なのでしょうがないことなのかなって思いますけども、じゃあ。
特别是为什么在日本会如此强烈地表现出这种特征,我认为这与历史有关。
特に日本だけでね、どうして日本にこんなにこう強く、こう特徴が出るのかっていうのは、僕は歴史と関係すると思ってるんですね。
因此,后半部分我想稍微谈谈日本的历史,尤其是地方历史。
っていうことで、ちょっと後半はね、この日本の歴史、特に地方の歴史っていうのを少しお話ししていきたいなと思います。
请大家继续轻松地听下去。好的。
引き続きのんびりと聞いていってください。はい。
悠悠的悠悠的。
遊遊の遊遊の。
悠悠的日语播客。
ゆうゆうの日本語ポッドキャスト。
好的,那么我想马上开始讲,这里重要的是藩的存在。
はい、では早速話していきたいと思うんですけども、ここで大事になるのが藩という存在です。
藩,比如萨摩藩、长州藩等各种藩,这个藩相当于现在的县。
藩、薩摩藩とか長州藩とかいろんな藩がありますけども、この藩っていうのは今で言う県です ね。
比如埼玉县、茨城县、秋田县等等。
埼玉県とか茨城県とか秋田県とかありますよね。
过去也有类似县这样的划分,那就是被称为藩的存在。
昔にもそういった県みたいなくくりがあって、それが藩って言われる存在だったのね。
而这个藩大约是在500年前明确形成的。
で、この藩っていうのが、その、よくなんだろう、はっきりと生まれてきたのが、だいたい 500 年くらい前 だと言われています。
时代是战国时代。
時は戦国時代です。
战国时代就是日本各地有被称为藩的,简单来说就像小国家一样,这些国家之间互相战斗,藩的领袖们争夺谁能在日本称霸。
戦国時代っていうのは、日本のいろいろなところに藩と呼ばれる、簡単に言うと小さな国みたいなものがあって、で、その国同士で戦って、その藩のリーダー、誰が日本で一番になるのか。
据说大约500年前,最终胜出的武士会夺取天下、掌控日本,这种类似于武士锦标赛的活动就在那时举行。
そしてその一番になったお侍さんが 天下を取る、日本をコントロールする、そういった、なんだろうな、侍トーナメントみたいなものが、あの、行われていたのが今から 500 年くらい前だと言われています。
说武士锦标赛听起来很厉害,有种体育竞技的感觉,但实际上当时发生的是战争和互相残杀对吧?
侍トーナメントっていうとすごいね、あのスポーツ感覚で聞こえてしまいますけども、実際にあったのは戦争、殺し合いなわけですよね。
在这样的背景下,为了让地方势力变得更强大,为了在战争中取胜,为了发展城镇,贵族意识就显得尤为重要。
で、そういった中でその地方が強くなるために、戦いで勝つために、街を大きくするために、ここで大事になるのが貴族意識だと思うんですよ。
是的,比如说,假设我是萨摩藩的人。
そう、つまり例えばですね、私は薩摩藩だと。
在日本南部地区,要让这个萨摩藩夺取天下。
日本の南にある地方で、この薩摩藩で天下を取る。
如果想成为日本第一,我们就是萨摩藩这个团体。
日本で一番になりたいってなったら、うちらは薩摩藩っていうグループだ。
要以这个团体去夺取天下。
このグループで天下を取りに行く。
要成为日本第一。
日本で一番になるんだ。
我们要在战争中获胜。
戦争で勝つんだ。
而其他藩国、其他县的人都是敌人。
そして他の藩、他の県の人たちは敵なんだ。
那么,如何提升我们团队的意识和贵族精神呢?
で、どうやって自分たちのグループの感覚、貴族意識を高めていくか。
我认为方法有很多种,其中之一就是方言。
いろいろ方法はあると思うんですが、その一つが僕は方言だと思うんです。
一提到方言,人们往往会立刻想到大阪话,但九州有九州的方言,日本东北地区也有东北的方言。
そう方言って聞くと、なんか大阪だけをすごくね、あの、考えてしまうんですけども、もちろん九州には九州の方言がありますし、日本の北東北地方には東北地方の方言がありますよね。
我觉得正是通过这些方言,我们强化了'我们是同一群体'的认同感。
そうね、こういったもので私たちは同じグループの人間なんだよっていう気持ちを僕は高めていったんじゃないかなと思います。
好的。
はい。
还有那些不会说这种方言的人。
そしてあの、他のね、その方言が話せない人。
我想可能还存在一种意识,认为那些人是来自外部敌人、敌对藩县的。
外敵から、敵の班から来た人たちっていう意識っていうのもあったんじゃないかなって思うんです。
是的,这个话题可能有点沉重,所以我不太想多谈。我小学六年级时从埼玉县搬到了静冈县。
そう、これね、ちょっとあの、話が少し暗くなってしまうので、あんまりたくさんは話したくないんですが、僕はあの、小学校 6 年生の時に埼玉県から静岡県 に引っ越ししたんですね。
众所周知,埼玉县是一个几乎没有方言的县。
そうで、埼玉県っていうのは皆さんもご存知の通り、特に方言がない県なんですよ。
是的,我是这么认为的,你们觉得呢?
そう、僕はそう思ってるんですけど、どうでしょうね。
好的,可能听我播客的朋友们会觉得——或者说优优小姐的日语发音非常中性、易懂,
はい、あの、多分この僕のポッドキャストを聞いていて、ゆゆさんのポッドキャストっていうか、じゃない、ゆゆさんの日本語って、すごくこう、ニュートラルで聞きやすくて。
非常出色,声音既帅气又优美,是的,我觉得她说的是那种毫无口音的日语,这在某种意义上也是埼玉县的特征。
素晴らしくて、声がかっこよくて、美しくて、はい、あのすごい、あの癖がない日本語を話すと思うんですが、それがある意味埼玉県の特徴でもあると思うんですね。
那么,当说着这种极其中性、接近标准语的埼玉县人来到静冈县时会发生什么呢?果然会显得格格不入。
で、そういったすごいニュートラルな 標準語に近い日本語を話す埼玉県の人間が静岡県県に行ったらどうなるのかっていうと、やっぱり浮くんですよ。
而且那是在12岁的时候,距今大约24年前。
で、しかもそれがあの 12 歳の時なので、今から約 24 年前。
10、24年前对吧。
10、24 年前だよね。
是啊,24年前呢。
そうね、24 年前か。
是的,毕竟还是小孩子嘛。
はい、やっぱ子供なんですよ。
而且那时候还没有互联网,像'要对其他地方来的人友善些'这类道德观念,现在上网就能轻易接触到,但那时候...
で、しかもインターネットがないから、そういう他の地方の人を、あの、ちゃんと優しくしましょうね、みたいなモラルみたいなものも ネットとかだったら簡単に手に入るけど、そういうのってね。
根本没有啊。
ないんですよ。
然后静冈县的那些,我朋友的父母也都是静冈本地人吧。
で、その静岡県のね、僕のお友達もお父さんお母さんは静岡県の人ですよね。
连父母辈都有身为静冈人的那种优越感。
で、お父さんお母さんにも静岡県の人っていう貴族意識。
他们有着强烈的'我们是静冈成员,静冈出生静冈长大'的贵族意识。
自分たちは静岡県のメンバーなんだ、静岡県生まれ、静岡県育ちなんだっていう貴族意識が強いと。
在这种情况下,当埼玉县的孩子突然出现时,就会从轻微的欺凌开始。
そんな中、埼玉県の子供がポーンと行くとどうなるかっていうと、軽いいじめからスタートするわけですよ。
是啊,真是不容易呢。
そう、大変だったね。
虽然不容易,但那种将其他地区来的人视为敌人的感觉,我觉得这个时代——或许从战国时代就存在了吧。
大変だったけどまあまあまあまあまあ、そういったその他の地方から来た人っていうのは敵なんだみたいな感覚っていうのは、僕はこの時代、戦国時代からあったんじゃないかなーっていうのをね。
在日本国内发生过大规模战争,各地建立起小国互相争斗。
そういったその日本国内で大きな戦いがあって、それぞれの地方で小さな国を作ってみんなで 戦ってたっていう。
而且他们争斗的对象是共同的敌人。
しかも戦ってたのは共通の敵ね。
并非是与外国交战,而是在日本内部争斗,所以各地区贵族意识强烈也是理所当然的。
例えば外国と戦争するとかではなく、日本の中で戦ってたわけですから、そういうふうに、あのね、それぞれの地方が貴族意識が強くなるっていうのは、当たり前っちゃ当たり前のことですよね。で、
之后到了距今300年前的江户时代,这种竞争意识恐怕变得更加强烈了。
その後ですね、今から 300 年前、江戸時代に入りますと、この競い意識っていうのもさらに強くなってくとなってきたんじゃないかなと思うんです。
而江户时代基本上没有大规模战争。
それがですね、江戸時代っていうのは基本的に大きな戦いがないわけです。
虽然被称为没有战争的和平时代,但作为避免战争爆发的江户政策,其政治策略中有两个特别好的方面。
戦争がない平和な時代だったと言われているんですけども、その戦争を起こさなかったその江戸の政策、その政治のストラテジーとして、この 2 つ良かったものがあったんですが。
首先是人员配置。
まずは配置。
是的,那个江户位于现在的东京。
そう、あの江戸っていうのは、東京にありました。
当时控制日本的德川家族居住在东京的江户,德川家为了防止战争爆发,让自己信任的人住在东京周边。
で、その江戸、東京には徳川家、その当時日本をコントロールしていた徳川ファミリーが住んでいたんですが、その徳川さんっていうのは戦争を起こさないために自分の仲のいい人たちを東京の周りに住まわせて。
而那些在战争中曾是德川家敌人的人,则被尽量安置在远离东京的地方居住。
で、その戦争の時に徳川家の敵だった人たちを、できるだけ東京から離れた場所に、あの、住まわせたんですね。
因此,比如九州和东北地区的人们,与德川家的关系就相对紧张。
だから、例えば九州の人たち とか、東北の人たちっていうのは、徳川家とはちょっと仲の悪い人たちだったわけです。
为了监视这些人,德川家会在九州某些地方安插与自己交好的武士。
で、その人たちを監視するように、九州のどこかには徳川家と仲のいいそのお侍さんを配置する、置いておく。
他们就是通过这种方式进行监视的。
で、そこで監視するっていうのをやってたんです。
此外,他们还建立了参勤交代制度,规定各地领主每隔几年必须前往江户。
で、それプラス参勤交代っていう制度を作って、何年かに一回、その土地の人たちは江戸に行かなきゃいけない。
对,就是命令他们来江户。
そう、江戸に来いと。
在江户住上一段时间。
江戸にしばらく住んでおけ。
这个参勤交代制度具体来说,比如从鹿儿岛——九州南部前往江户,当时没有车辆,只能步行。
これは何かっていうと、この参勤交代、例えば鹿児島から九州の南から江戸に行くってなったら、当時車もないわけですから、歩いていくと。
而且动辄就是几千人同行。
しかも何千人の人が行くわけです。
几千人徒步前往江户的话,需要大量粮食等物资。
何千人の人が歩いて江戸まで行くってなると、めちゃくちゃ食料とか。
各种物资都不可或缺。
いろんなものが必要になってくる。
还需要巨额资金。
お金も必要になってくる。
通过这种方式让他们消耗财力,从而削弱那些企图再次向德川家族复仇、挑起战争的势力。那么参勤交代制度带来了什么影响呢?
そういうところでお金を使わせて、その反乱ね、もう一回徳川ファミリーにリベンジをする、戦争をふっかける力を取っていったわけなんですけども、その参勤交代でどういうことが起こったかっていうと。
江户城里开始聚集来自全国各地的武士。
江戸の町にいろんな地方の侍が集まるようになるんです ね。
有九州的武士,也有岩手、长野等地的武士,他们都共同——或者说就近——居住在东京一带。
九州の侍もいれば、岩手の方の侍もいれば、長野の方の侍も、東京に一緒の一緒っていうか、近いところに住んでいると。
这样一来,自然与其他地区的武士接触增多,但其中贵族意识也逐渐形成了。
そうすると自然と他の地方のお侍さんと会うことも増えてくるんですが、その中でもやっぱり貴族意識っていうのは生まれてきますよね。
对吧。
ね。
啊,我可是九州武士呢。
あー、俺は九州の侍なんだね。
和东北武士完全不一样啊。
東北の侍とは全然違うぞな。
我们可是九州武士啊。
俺たちは九州の侍だよな。
关于他们如何共享这种身份认同,我认为可能是通过方言实现的。
そういうアイデンティティをどういうふうに共有したかっていうと、僕はそれが方言だったんじゃないかなって思うんです。
是的,说到这里就能隐约明白,正如刚才弗兰皮先生所说,方言是身份认同的一部分。
そう、ここら辺まで話してくると、何となく方言っていうのが、さっきのフランピーさんもおっしゃっていましたけども、8 アイデンティティーの一つなんだね。
你会逐渐理解到,这不是外人可以随意谈论的事情。
外の人が簡単に話していいものじゃなかったんだっていうのがわかってくると思います。
没错,这种感知至今仍在日本有所保留。对了,有个电视节目叫《传闻的县民秀》吧?
そうで、そういった感覚って今の日本にでも残っていて、で、あの、あるテレビ番組があるんですけど、噂の県民ショーだったかな。
有个叫《县民秀》的电视节目,专门介绍各县的特色和方言。
県民ショーっていうテレビ番組があるんですけども、こちらのテレビ番組では、それぞれの県にどんな特徴があるのかとか、どんな方言があるのかっていうのを紹介する。
各县的名人代表会上节目,讲述大阪是这样的啦,京都是那样的啦之类的内容。
で、それぞれの県を代表する有名人がテレビ番組に出て、大阪ではこんなことがあるよとか、京都ではこんなことありますみたいなのをこう話して。
偶尔还会看到县民之间吵架呢,作为综艺节目这样呈现,日本人确实很喜欢看这类内容。
たまに喧嘩したりね、県民同士で喧嘩したりして、一つのバラエティとしてこうやっているわけなんですけど、そういうの見るのやっぱ日本人好きなんですよね。
这个节目可能现在还在播,应该是个相当长寿、历史悠久的电视节目。
で、多分今でもやってると思うんですが、かなりの長寿番組、長い歴史のあるテレビ番組だと思うんです。
日本人之所以喜欢这类事物,大概源于战国时代吧。
そういうものが日本人好きなのは、多分この戦国時代ね。
我认为这种竞争意识可能源自各地诸侯建立势力、争夺天下第一的历史传统。
そのそれぞれの地方で 国を作って、誰が一番になるかっていうのを競争するっていうところから生まれてたんじゃないかなと思います。
那么现在到了2026年,学习日语的各位如果想讲大阪方言。
そうで、じゃあ今の 2026 年、日本語を勉強している皆さんが大阪弁を話したい。
该怎么办呢?
どうすればいいのよ。
这种...
そんななんか。
如果外人不能随便说方言就不说,那多没意思——这种想法我真的完全理解。
じゃあ、外の人が簡単に話していいことじゃなかったら話さなきゃいいわけなんか面白くない、つまんないっていうふうに思う気持ちはマジでわかると思う。
我懂。
わかる。
你觉得能理解吗?
わかると思うか。
能理解吧。
分かりますね。
我自己也是出生在埼玉县这个完全没有方言的县,
僕自身もやっぱ埼玉県っていう、その方言が全くない県に生まれて、
所以基本没什么贵族意识。
貴族意識っていうのがあんまりないわけよね。
埼玉县会用这种方言。
埼玉県ってこういう方言使う。
我们这里没有那种乡下地方的感觉。
俺たちそういう田舎みたいなとこあるよね、みたいなのがないからさそう。
反过来说,亮太君是茨城县的,茨城的孩子就有很重的方言。
逆に言うと、こう、亮太君ね、茨城県の出身なんだけど、茨城県の子たちはすごく方言がある。
某种意义上,那是一种'我们茨城人'的认同感。
それはあのー、ある意味、俺たち茨城の人だよなーっていう。
怎么说呢,我觉得这已经成为身份认同的一部分,或者说人格特质的一部分了。
なんていうのかな、アイデンティティの一つというかね、パーソナリティの一つになってると思うんですよね。
对。
うん。
但是,正因为我是埼玉县出身,所以特别能理解大家向往那种方言的心情。
でも、そういうのに憧れる皆さんの気持ちは、埼玉県の僕だからこそ、めちゃくちゃ理解できる。
真的非常理解,但接下来我要去大阪了。
本当に理解できるんだけど、じゃあこれから大阪に行きます。
然后只要不讲关西话就行了吧。
で、関西弁を話さなければいいの。
类似这样的地方让我很纠结。
みたいな ところで悩んでいる。
对此,我想给这样的大家一个建议:文化不是语言的问题。
そこに、そんな皆さんに僕はアドバイスがあるんだけど、言葉じゃないのよ、文化ってのは。
没错,有比语言更重要的事情。
そう、言葉よりも大事なことがある。
是的,语言终究只是形式而已。
そう、言葉っていうのはあくまでも形なの。
是衣服。
服なの。
对,重要的是心。
そう、大事なのは心なの。
那么,重要的是什么呢?比如说,要好好理解大阪的文化。
で、何が大事かっていうと、例えばだけど、大阪の文化をしっかり理解しておく。
因为语言是建立在这个基础上的,如果只模仿表面的语言,就完全没有灵魂。
そこに言葉が乗っかってきてるわけなので、その上に乗っかってる言葉だけ真似しても全然心がないわけよ。
那么,大阪有什么样的文化呢?
で、例えば大阪はどんな文化があるのかね。
就是装傻和吐槽对吧。
ボケとツッコミでしょ。
对,就是装傻和吐槽。
そう、ボケとツッコミね。
举个简单的例子,比如朋友说:'优介,那个,把盐递给我',像这样被请求'请把盐递给我'的时候。
例えば簡単なもので言うとね、えーと、友達がね、ゆうすけ、あの、塩取ってって、塩取ってっていう風にね、お塩取ってくださいって言われたと。
那么,代替拿盐的会是什么呢?
で、あの塩を取る代わりに何でしょう。
嗯,和它相似的东西。
えっと、それに似てるもの。
现在我面前有个叫'无比'的蚊虫叮咬药膏,我会拿这个'无比'代替盐递过去。
今僕の目の前にムヒっていう蚊に刺された時にあのくっつける薬みたいなものがあるんだけど、そのムヒを取って塩の代わりに渡す。
这就是'装傻'对吧?
これボケですよね。
对。
うん。
然后大阪人会说'啊对对,我正需要这个,就是想要这个'。
で、大阪の人が、ああ、そうそう、これ話欲しかったん、それ欲しかったんね。
啊没错,比如被蚊子咬了正好需要之类的——类似这种简单的吐槽梗,或者开玩笑时说'那个不对啦'、'你在说什么啊'
ああ、そう、蚊に刺されてちょうどってちゃうわーみたいななんかそういう ね、例えば、簡単なあのノリツッコミみたいなものとか、うんね、冗談を言った時に、あのね、それ違いますよとか、何言ってるんですか。
要是说这种大阪式喜剧之类的话,真的会被骂的。
とか、うん、そういう大阪のコメディみたいなものみたいなものとか言ったらマジで怒られる。
我觉得应该先充分理解大阪的这种喜剧文化,在此基础上再学习语言。
大阪のね、そういうコメディー文化っていうのをしっかり理解して、その上で言葉を覚えるべきなのかなって思います。
虽然我对大阪那种搞笑文化没什么兴趣,但对大阪方言很感兴趣。
そうなんか、大阪のそういうなんかお笑いっていうのには興味ないけど、大阪弁には興味ある。
如果只是想用大阪方言试试看的话,可能不会被大阪人接受吧。
それを使ってみたいだと大阪の人には受け入れてもらえないかなと思います。
还有所谓的'老妈文化',大阪的老妈们总是充满有趣的活力。
他にもね、おかん文化って言ってね、大阪のおかん、お母さんは面白いエネルギーがいっぱいある。
而且有种刻板印象认为每个大阪人老妈都有搞笑故事,应该先好好了解这些大阪文化再学语言。
で、自分のオカンには必ず面白いエピソードがある、みたいなステレオタイプもありますし、そういう大阪の文化っていうものをちゃんと勉強してから、言葉を勉強するべき。
这样的话,在对话过程中,大阪人就不会觉得'这是个外地人,不懂我们的文化',反而会觉得'虽然形式上很大阪'。
いいかな、そしたら、会話のその流れ的に、大阪の人が、なんていうのかなあ、これ外の人だななんかうちらの文化よくわかってないなっていうのを感じることなく、逆にあれなんか形はすんごく大阪っぽい。
虽然对话的节奏和感觉都很像大阪风格,但说的却不是大阪方言,这样可能会让人觉得'这孩子不错'。
会話の流れとか、この感覚はすごく大阪っぽいけど、話してる日本語は大阪弁じゃないよな、でもこの子いいな、みたいに思ってもらえるかなって思います。
嗯,这是我自己亲身深刻体会到的,我之前工作的日语学校有很多关西人。
うん、これはね、あの、僕自身の経験で、すごくあの、感じたことで、あの、僕が前勤めていた日本語学校の職場なんだけど、結構ね、関西の人が多かったんですよ。
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而且,特别是我的前上司就是关西人,非常喜欢关西搞笑文化,在这样的环境中,上司果然会装傻充愣。
で、特に僕の元上司の人はもう関西の人で、関西のお笑いも大好きな人で、そういった中でね、やっぱり上司の人がボケるんだよね。
会开些有趣的玩笑或者说些奇怪的话。
なんか面白い冗談というかなんか変なことをすると。
对他来说,这就像是给我传球,期待我能接住笑点进行吐槽。
で、それはなんかその、上司の人にとっては、あの、僕にパスを出してくれる雄介、突っ込んでくれよ、みたいな。
这时候我就会说'您这是在说什么啊'。
で、そこで何言ってんですか。
如果能这样利落地回应,就算不说关西话也能和大阪人搞好关系,他们会觉得'你小子不错嘛'。
とか、うんなんかそういうのをパシッと言えると、別に関西弁を話してなくても大阪の人と仲良くなれる、おお前ええなあ、みたいになってくると思うんです。
对。
そう。
然后从这些互动开始,逐渐把吐槽用语换成关西腔。
で、そういうところから、だんだんその突っ込むワードみたいなものを関西弁にしていくっていう。
毕竟对话形式多种多样,大阪人之间也有特定的交流模式。
あくまでも会話にはいろんな形があって、大阪の人の中でもあの形みたいなものがある。
嗯...关于这方面,我觉得直接询问大阪的老师,比如那位Mikurial Japanese的Miku小姐,应该是最快的方式。
うんなんでしょうね、そこら辺は、その、直接大阪の先生、それこそあのミクリアルジャパニーズのミクさんとかにね、聞くのが一番あの、早いと思うんだけど。
比如说,大阪人会这样问:'你觉得这东西花了多少钱?'
例えばね、あの、大阪の人で言うと、あの、買ったものに対して、あの、これなんぼやったと思うって、これいくらだったと思う。
然后如果你说个偏高的价格,他们就会说:'哪有,才500日元啦!'
みたいな聞いて、でもちょっとこう、高めの値段を言うと、いや、これ 500 円やってん。
类似这样的对话。
みたいな。
我觉得如果不懂这种'炫耀买得超便宜'的对话套路,就算学会关西腔也没什么意义。
めっちゃ安く買ったんだよっていうのを言ってっていう、そういう会話の流れとかがわかんないで、関西弁を覚えても意味がないかなっていうふうに 思います。
是的。
はい。
这方面可能算是个建议吧。
あそこら辺がアドバイスかな。
外地人也有他们理解文化的方式,我觉得这种对话本身就非常有趣。在展现这种理解的基础上使用方言,也是很重要的。是的。
そうなんか外の人のは外の人なりに文化を理解してるし、その会話自体はめちゃめちゃおもろい、面白いと思うっていうなんかそういう気持ちを見せてから言葉を使うっていうのも大事かなって思いました。はい。
悠悠的日语播客。
ゆうゆうの日本語ポッドキャスト。
那么,这次我们来谈谈伪关西方言。
さあ、ということでね、今回はエセ関西弁について。
我的观点。
僕の意見。
完全是我个人的独断见解。
もう本当に独断演だ。
纯属偏见哦。
偏見ですよ。
完全是我个人的独断与偏见,仅基于个人观点和偏颇想法来讨论,但若能作为日本人的一个意见供大家参考,我就很欣慰了。
もう独断と偏見、もう自分の意見のみプラス自分の偏った考えで話していきましたけども、一つ日本人の意見として、あの、参考にしてもらえればいいかなと思っております、はい。
关于结束语,我现在住在墨西哥。
で、エンディングトークなんだけど、僕はあのメキシコに住んでいてね。
墨西哥是一个说西班牙语的国家。
で、メキシコっていう国はスペイン語を話す国なんですよ。
然后呢,那些被称为拉丁美洲的国家,也就是美国以南的地区对吧。
で、あのラテンアメリカと呼ばれる国、つまりそのアメリカから下だよね。
从墨西哥到阿根廷,大多数国家都说西班牙语。
メキシコからアルゼンチンまで、ほとんどの国がスペイン語を話すんですよ。
所以阿根廷、哥伦比亚、智利、委内瑞拉、厄瓜多尔、巴拿马等等,要是不把这些国家都列举出来,其他国家的人可能会生气吧。
だから、アルゼンチン、コロンビア、チリね、ベネズエラ、エクアドル、パナマとか、これこれ全部言わないと他の国の人怒るかな。
不过没提到的国家请见谅啦。
が、言わなくてごめんね。
总之呢,虽然这些国家都说西班牙语,但每个国家其实都有自己的方言。
まあまあまあまあ、その、いろんな国で話すんだけど、それぞれの国でもやっぱ方言がある。
我觉得这特别有日本式的感觉。
で、それはすごく日本的な感覚だと思うんだよね。
我们作为这个国家的人,这种国家归属意识会体现在各国西班牙语的特色上,而且每个国家内部也确实存在着特定的对话模式。
俺たちはこの国の人たちなんだっていう国の帰属意識がそれぞれの国のスペイン語の特徴になって現れて、で、それぞれの国の中で、やっぱりこう、会話の型みたいなものがある。
这种差异性真的让我觉得非常有趣。
うんなんかそういうところがすごくね、面白いと思っていて。
我总觉得西班牙语真的很棒呢。
僕はなんかスペイン語ってやっぱいいなあっていつも思うんですよ。
而且很幸运的是,来自不同国家的人来上我的日语课,所以我学到了各国的西班牙语。
で、ありがたいことにね、いろんな国の方が僕の日本語レッスンを受けてくれるので、いろんな国のスペイン語教えてもらってる。
不过我觉得不像日本那么排外。
ただ、日本ほど排他的では ないかなって思いました。
是啊,就算我模仿哥伦比亚人说话方式也不会觉得有什么。
そう、別に僕はコロンビアの人の話し方を真似しても何とも思わないしね。
其他国家的人之间也能相处得很好,这方面该怎么说呢,本来土地面积就很大对吧。
あの他の国の人同士でも仲良くできるしっていうね、そこら辺が、あのなんていうのかな、もともと土地としてでかいじゃん。
我觉得日本是个很小的国家,但拉丁美洲超级大,而且还是陆地相连的,没有被海洋隔开,这些因素也有关系。
日本ってすごく狭い国だと思うんだけど、ラテンアメリカってめちゃめちゃでかいから ね、あの、しかも地続きでね、あの、海で分かれてないからねなんか、そういうところも。
可能也有地理原因吧,拉丁美洲的人会比较宽容一些?
なんか地理的な理由もあってね、ラテンアメリカの人はちょっと寛容なのかなあ。
不过话说回来,可能跟天气也有关系。
とはあれだね、天気とかもあるかもしれない。
各种因素交织在一起,语言确实与当地的环境、文化、气候、天气等息息相关。
いろんなものもあって、本当にこの言葉っていうのは、その 場所、文化、気候、天気だな、そういったものと関わりがあってね。
啊,果然今后要继续深入学习会很有趣,这真是个永无止境的话题啊。
あー、やっぱりこれからね、もっともっと勉強していくのに面白い、本当に終わりのないテーマだなって、終わったん。
这就是我的感想。
って思ったお話でした。
好的。
はい。
那么,这次也非常感谢大家收听到最后。
さあ、ということで、今回も最後まで聞いてくれて本当にありがとうございました。
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