本集简介
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今天我想谈谈人类最根本的一些问题。
今日はちょっと人間のかなり根っこの部分の話をしようと思います。
可能听起来不太令人愉快,但我要探讨的是非常本质性的话题。
多分、聞いていてあんまり気持ちの良い話ではないかもしれないんですけれども、でもかなり本質的な話を取り上げます。
所有人都不愿意认为自己的人生是徒劳的。
人間というものはみんなですね、あの、自分の人生が無駄だったとは思いたくないということです。
我认为这几乎已经接近于本能。
これはもうほとんど本能に近いというふうに私は思います。
所以人们总会试图为自己走过的路赋予意义。
だから、自分が歩いてきた道というものに必ず意味を与えようとします。
上班族就是其中一种表现。
サラリーマンというものもその一つです。
恐怕大多数人最初并不是想成为上班族的吧。
おそらくね、多分多くの人は最初っからサラリーマンになりたかったわけじゃないですよね。
有些人可能曾经想成为棒球选手,也有人可能梦想过当音乐家。
多分、人によっては野球選手になりたかったかもしれないですし、ミュージシャンになりたかったかもしれません。
或者可能有人曾梦想成为作家或艺术家。
あるいは作家だとか芸術家になりたかったかもしれないですよ。
想想小学时,当被问到'将来想从事什么职业'或'梦想是什么'这类问题,
まぁ、それこそ小学校とかですね、あの、将来なりたい職業何かと、夢は何かっていうふうに聞かれて、それでサラリーマンなんていうふうに答える子供がいたらですね。
如果有孩子回答说要当上班族,那多少会让人觉得有些滑稽,或者说缺乏梦想吧。
なかなかそれはちょっと滑稽だなというか、あまりにも夢がないなという気がするんですけれども。
但即便这么说,现实中大多数人还不是毕业后就职公司,回过神来发现自己已经成了上班族。
でもまぁ、そんなことを言ってもですね、ね、現実としては就職をして会社に入って、で、気づいたらサラリーマンになっていたなんていう、そういう人がほとんどじゃないでしょうか。
这与其说是选择,不如说是被安排的结果。
で、これは選択というよりは配置なんですよ。
面对这种赤裸的现实,
で、そのあの真ったき現実というものですね。
要直接接受它确实相当艰难。
それをそのまま受け止めるっていうのは、かなりきついんですよね。
所以人们才会事后编织出各种人生故事。
だから、人は後から物語をこしらえます。
社会上常说,年轻时的辛苦是值得的。
よく世間では、若い時の苦労は勝手でもしろ、なんて言います。
然后说,上班族的工作经历是锻炼人格的。
で、それから、サラリーマン修行っていうのは、人格を鍛えるもんだと。
虽然将来独立创业也不错,但通过社会历练才能独当一面,所以上班族的经验很有用,诸如此类。
で、あの、将来独立するのもいいんだけれども、社会にもまれて 一人前になるから、サラリーマン経験っていうのは役に立つよ、みたいなね。
这类建议在日本经常能听到,而且这些话语确实是必要的。
そんなアドバイスっていうのが、もうまことしやかにね、日本ではよく聞かれるんですけれども、で、こういう言葉っていうのはやっぱり必要になるんですよ、あの、これらの言葉というのは。
这些都是为了肯定人生而编织的故事。
人生を肯定するためのストーリーなんです。
实际上,可能没能从事自己想做的工作,只是随波逐流进了公司。
あの、本当はね、やりたかった仕事につけなかったかもしれないし、本当にもう流れで会社に入ってしまったと。
因为没有其他选择,只能无奈地选择当上班族。
で、他に選択肢がなかったから、もうしょうがねえな、サラリーマンやるか、というところで選んでいる。
虽然这种可能性很高,但要承认这点还是有点痛苦的。
で、そういう可能性が高いのに、それを認めるのはね、ちょっと苦しいんですよ。
所以说吃苦是有意义的。
だから苦労には意味があると。
然后通过这种形式改写人生故事:认为忍耐的自己很了不起,能适应公司的自己才是正确的。
で、我慢した自分は立派で、ちゃんと会社に適応できた自分は正しいという、そういう形で物語を上書きするんです。
我觉得这与其说是对自己撒谎,不如说是一种防御反应。
これは自分に嘘をついているというより、防衛反応だと思いますよ。
如果否定这点,可能会认为自己的人生只是偶然的产物,忍耐也可能得不到回报。
もしこれを否定したら、自分の人生というのは偶然の産物だったのかもしれないし、また我慢は報われなかったかもしれない。
或许另一种人生会更幸福。
別の人生の方が幸せだったかもしれない。
这样事后就会陷入无尽的后悔中。
いう風に後から地獄を見る事になります。
所以人们才会依赖这种人生叙事。
だから人は物語にすがると言うことです。
在日本社会里,这种情况还会受到更强的压力。
日本社会の場合、ここにさらに強い圧をかけます。
确实如此,通常来说,比如沟通能力强、懂得察言观色、擅长处理人际关系这类特质。
そうですね、一般的にコミュニケーション能力が高いとかね、空気が読めるとか、人間関係をうまく回せるなんていうこと。
这些能力不仅被视为单纯的适应能力,更被当作一种人格美德来对待。
これが単なる適応能力ではなくて、人間としての徳みたいに扱われます。
呃,这里所说的‘德’,指的是德川家康的‘德’,也就是被理解为那种优秀、杰出人士的品质。
あの、まぁ、ここで言う徳というのは、徳川家康の徳ですけれども、まぁ、あの立派な人っていう、あの、よくできた人みたいな風に捉えられるんですよ。
这样一来,结果就是能融入公司的人被视为优秀,而无法融入的人则被归咎于努力不足。
で、そうするとどういうことになるかという と、あの結果として会社になじめた自分は立派で、馴染めない人は努力不足だと。
于是,普遍形成了这样一种观念:不擅长沟通的人就是不成熟的。
で、あの、概して、このコミュニケーション弱者というものは未熟であるという、そういう構図が出来上がってしまいます。
这种社会结构其实相当残酷。
まぁ、これはかなりその残酷な音社会構造なんですけどね。
因为能力差异被偷换成了人格优劣——在日本,那些被称为‘沟通弱者’或‘缺乏沟通能力’的人,简直就像罪人一样被对待。
というのも、あの能力の違いというのが、人格の優劣にすり替わってしまうからなんですよなんていうかね、日本の場合、そのコミュニケーション弱者、コミュニケーション能力が足りないみたいな言うのはね、あの、なんか罪人みたいな扱いされますからね。とんで。
虽然这根本毫无道理,但本质上是因为这些特质不被认可为个性。
もないことなんですけれども、あの、要は個性として認められていないということなんですよ。
那种能够察言观色、具备沟通技巧的能力
あの空気を読めて、あのコミュニケーションスキルがある。
而且,能够预先揣测并满足对方期望的人,往往被视作正确的典范
で、相手が望んでいることを先回りしてやってあげるような、そういう人物というのが、あの、正しいという風にされてしまっております。
更进一步说,作为上班族所磨练的许多技能,只有在公司这个体系内才有用武之地
で、さらに言えば、そうですね、サラリーマンとして磨かれるスキルの多くっていうのは、会社という装置があって初めて通貨になるスキルです。
以公司为例,比如有禀议制度
会社というところは、例えば、あの、稟議ありますね。
还有内部的预先疏通
それから、社内での根回し。
再比如涉及利益相关方时,需要进行内部协调这类工作
それから、あの、利害関係者に言ってですと、ころ行ってです、社内調整なんてことをやったりします。
必须时刻揣摩上司的脸色,始终做出最恰当的言行举止
で、上司の顔色を常に伺って、最適解である発言、振る舞いというのを常にやらないといけない。
而且部门之间还存在着办公室政治
で、またあの部署の間でも社内政治あったりします。
这些事情也必须仔细观察并妥善应对才行。
そういうのにもね、きちんとよく観察しておいて対応しないといけないんですよ。
这类事情一旦离开日本公司就立刻失去价值了。
まぁ、こういったようなことっていうのは、日本の会社をもう飛び出した瞬間に通貨ではなくなります。
在其他地方完全行不通的事情。
他では全く通用しないような事柄なんですよ。
但如果承认这点,就会让人质疑过去的努力到底算什么。
でもそれを認めてしまうと、じゃあ一体今までの努力は何だったのかっていう話になってしまいますよね。
明明花费了数年甚至数十年拼命当社畜为公司奉献,努力适应却毫无意义,这让人难以接受。
せっかく何年も何十年もかけて一生懸命社畜をやって会社のために尽くしてきたのに、適応しようと努力したのに何の意味があったのかっていうことになってしまう。
所以才会产生将上班族能力扩大解释为社会能力的现象。
だからサラリーマン能力というのは、それすなわち社会的能力だというふうに拡大解釈が生まれるということです。
我认为这也是自我防卫的一种表现。
これもまた自己防衛の一つだと私は思います。
毕竟人生中,谁都不愿承认自己做了无用功吧。
あの、誰もね、多分やっぱり無駄なことをしているというふうに思いたくないんですよね、人生で。
而且,谁都不愿意认为自己的人生是失败的。所以,
で、それからまた誰も失敗した人生だというふうには思いたくないと。だから。
于是形成了这样一种社会共识:吃苦是高尚的,忍耐是美德,能适应公司生活的人很了不起。
苦労は尊いとで、我慢は美徳で、それから会社というところに適応できた人間は偉いという、そういう物語が社会全体に広がっているんです。
但冷静下来看,我认为这不过是用来肯定被安排的人生的工具罢了。
でもこれをね、あの、冷静になって眺めてみますと、あの、このことはですね、配置された人生を 肯定するための装置でしかないというふうに私は思います。
简单总结这次的内容,其实上班族本身并没有错。
まぁ、ちょっと今回のですね、ことをまとめますと、あのサラリーマンがね、悪いわけじゃないんですよ。
毕竟在当上班族的过程中,难免会遇到各种艰辛。
あの、またそれから、やっぱサラリーマンやっている上で、どうしても苦労しますから。
我也并不是说所有的辛苦都毫无意义。
で、苦労が全部無意味だというふうに私は言っているわけでもありません。
只是这些并非普遍真理,仅仅是生存所需的叙事而已。
ただ、それは普遍的な真理ではなく、ただ単純にね、生き延びるための物語だったというだけの話に過ぎません。
问题在于,不知为何在日本社会,人们似乎只能拥有这一种叙事方式。
そして問題なのは、あの、どういうわけか日本においてはね、その物語しか持てない社会になっている というふうに思います。
存在这样一种结构,即只有擅长沟通的人被视为正确,而无法适应的人则显得低人一等。
あのコミュニケーションがね、得意な人だけが正しくて、適応できない人は劣っているように見えてしまう構造があります。
我认为这正是日本社会最扭曲的地方。
それが日本社会の一番歪んでいるところだというふうに思いますよ。
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