本集简介
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拜托了。
お願いします。
那个,我想请教一下,作为法国文学专业,您具体研究什么方向呢?
お願いしますなんかあの、僕個人的な聞きたいのが、仏文専攻で何研究してらっしゃったのかなっていうの。
是法国文学专家呢。
フランス文学家ですね。
对,法国文学里有很多流派,我比较熟悉的有司汤达、大仲马这些。
そう、フランス文学の中でもなんかいろいろあるから、僕の中で有名なのが、スタンダールとか、あのー、アレクサンドル・デュマとかです。
比如《三个火枪手》的作者,还有写《小王子》的圣埃克苏佩里之类的。
あの三銃士のとか、あとあの星の王子様書いた人とか、サンテグジュペリとか。
还有《悲惨世界》的维克多·雨果。
あとあれ、あのレミゼラブルのヴィクトルユーゴーだとか。
儒勒·凡尔纳的话应该很多人都知道。
あとジュールヴェルヌは多分知ってる人いっぱいいる。
《海底两万里》(也有译作《两万英里》的),说来惭愧,虽然我对法国文学一窍不通,但这些书名倒是耳熟能详。
海底2万里、2 万マイルとも訳されたりしますけど、なんかすごいなんか僕、フランス文学全く知らないと思ったら、タイトルだけは知ってるとかわけでしょ。
其实很厉害,在那么多著名作家中,那个...具体研究的是哪个方向呢,嗯...简单来说,其实我都挺喜欢的。
結構すごい、あの有名な人たちもたくさんいる中で、その、どういうのをやってらっしゃったのかっていう、そうですね、もう一言で言うと、全部好きだったんですけど。
当时有毕业论文要写,必须选定一个主题,我选的是一位叫保罗·瓦莱里的诗人。
一応卒論っていうのがあって、何かテーマを決めなければいけなかったので、卒論で選んだのは、作家で言うとポールバレリーっていう詩人がいるんですけど。
这位诗人——保罗·瓦莱里,就是宫崎骏电影《起风了》里引用的'风立ちぬ'(纵有疾风起)的原作者,虽然诗句比较口语化。
この人を取り上げて、ポール・ヴァレリーっていうのは風立ちぬっていう映画が宮崎駿さんとかであったと思うんですけど、あの風立ちぬ、いざ生きめやも、っていう、ちょっと口語なんですけど。
有句著名的诗节描写风呼啸而起,仿佛在说'该活下去啦',就是这位诗人写的。
風がわーっと立って、さあ生きなきゃみたいなっていう有名な詩の一節があるんですけど、その詩を書いた詩人の人で。
他有点像现代版的达芬奇,是个全才,不仅精通科学,在文学方面也不仅限于诗歌,甚至还写过关于达芬奇的论述。
ちょっと何かね、現代のレオナルドダビンチみたいなすごい万能の天才で、いろんなことを科学にも詳しいし、文学も詩だけじゃなくて、実際レオナルドダビンチの話も書いていたりとか。
他还写了不少哲学相关的内容,比如柏拉图式的对话录知道吧?
結構哲学の話も書いていたりする人なんですけど、その人がプラトンの 対話編ってあるじゃないですか。
就是苏格拉底与众人对话的那种著作形式,而他模仿这种形式写了本关于建筑师的对话录。
ソクラテスがいろんな人と対話をするっていう、その対話が著作になっているわけなんですけど、これを真似してっていうか、これになぞらえて建築家の話を書いている対話編があるんですね。
虽然是古典作品,但其中作为隐喻的建筑概念正是我的研究主题——我对这种隐喻手法特别感兴趣。
ちょっと古典的な作品なんですけど、その作品に出てくる建築、メタファーとしての建築っていうのが僕のテーマで、そのメタファーってすごい、僕なんか興味があって。
隐喻究竟是什么,这个问题让我非常着迷。
すごくこう、メタファーって何なんだろうって。
隐喻能够表达什么样的内容呢?
メタファーってどんなことが表現できるんだろう。
我对这类问题特别感兴趣,尤其是在西方文化中,建筑是非常典型的隐喻载体。
みたいなのがすごく 興味があって、特にその西洋の中で建築ってすごく代表的なメタファーなんですね。
比如像大教堂这样的建筑,既能表现直抵苍穹的神性,又因其精密的数学结构特性,可以象征某种规划或体系。
例えばカテドラルみたいなものだと、天に届いていくような神様の神性みたいなものを表したり、あるいは建築って非常にこう、緻密な数学的な側面があるので、構造とか なんかそういう計画みたいなものを表したり、あるいは、何て言うのかな。
当凝视这些建筑时,会感受到它们仿佛在空气中溶解扩散,如同音乐般蔓延——就像置身大教堂时,
この建築を見ているとなんかそれが何て言うのかな、受ける感覚としては、それが空中にとけだしてって、音楽みたいに何か広がっていくような、例えばこう、カテドラルの中に入った時に。
那种从上方传来圣乐的联觉体验,它们象征着多重意涵。研究这些能深入理解西方人的理性主义,
何か上から音楽が聞こえてくるような感覚があったりとか、そういう共感覚的な感じるものがあったりとか、いろんなものを象徴していて、そこを研究していくとなんか西洋人の人の合理主義とか。
或是超越理性的、更为感性层面的感知方式。正是出于对这些问题的探索欲,我进行了相关研究。
あるいは、そういう合理を超えた、もうちょっと感覚的、情緒的なものの感じ方とか、何かそういったものがよくわかるんじゃないかと思って、その辺が知りたくて、あの、そういう研究をしていました。
这简直太有文学部的风格了。
めちゃくちゃ文学部ですね。
简直太有文学部的感觉了,真的。
めちゃくちゃ文学部だよね、本当に。
我也完全有同样的感想。
僕も全く同じコメントを持った。
超级有文学部的风格。
めちゃくちゃ文学部っぽい。
你们能理解吗?
わかるかなぁ。
哎呀,感觉特别亲切。
いやー、すごい親近感ある。
真的很厉害呢,文学部就是这样的感觉吧。
すごいですね、こんな感じですね、文学部って。
原来如此,研究这个...抱歉,我对'研究文学'这个概念还不太理解,是先阅读和解读,然后基于解读内容再提出自己的假设性理解,是这样吗?
なるほど、それ研究するってごめんなさい、もう僕、文学を研究するがピンと来てないんですよなんか、まず読んで解釈をしたりとか、解釈したものを読んだりして、さらにそれに自分の解釈を仮説として立てて、みたいなことなんですか。
是的。
そうですね。
是的。
はい。
阅读、分析、参考相关文献。
読んで、分析して、参考文献とかを参照して。
然后进行解读。
それを解釈していく。
在综合各种观点的基础上,能提出自己新的见解就最好了。
その中からいろんな意見を踏まえて、自分の解釈が新しく提出できるといいですね、みたいな。
基本上算是没什么实际用处,纯粹是因为喜欢才做的感觉。
基本的にあんまり役に立たないっていうか、好きだからやってるみたいな感じですね。
不过呢,今天的话题正好想听听看,那些被认为没用的思维模式,实际上是如何影响经营管理的。
でもね、まさに今日の話は、その役に立たないと思われた、そういう思考試作が どう実際経営に立ち現れてくるのか、みたいな話を聞いてみたいんですけども、それ聞きたいですよ。
话说突然转变话题,听说您父亲之前是在经营企业对吧?
まぁいきなり話変わって、そのお父様が経営されてたそうですね。
我祖父1931年创立的公司,到今年已经有95年历史了。
私の祖父が1931年に創業した会社なので、今年で創立 95 年なんですけど。
原本父亲担任社长,他是创始人的长子。
もともと父が社長をしていまして、父が創業者の長男だったんですね。
我作为父亲的长子进入公司,从2005年开始担任社长。
僕が父の長男だったので、その会社に入って、2005年から社長をやっています。
已经20年了。是的,没错。
もう20年。そうですね、はい。
入职第二年左右遭遇了经营危机。
入社して 2 年目ぐらいに経営危機という。
因此公司自上市以来首次出现亏损,公司是1960年上市的,这是40多年来第一次亏损。
ということで、この上場以来初の赤字に突入しまして、上場は1960年でしたので、40何年ぶりに初めて赤字になった。
当时经历了两次亏损,情况非常严峻,股价从大约2500日元跌到300日元左右,几乎变得一文不值。
それが2度赤字がありまして、非常に厳しくて、株価もどのぐらいだろうなぁ、2500円ぐらいだった株価が 300 円とか、ほとんど紙くずに近いところまで落ちてしまって。
请问那时您多大年纪?
ちょっとそれおいくつん時ですか。
葵先生当上社长时,嗯,大概是44岁吧。
あおいさんは社長になったのが、えっと、44歳かな。
所以在我45、46岁左右的时候陷入了经营危机。
なので、45、46 歳とかの時に経営危機に突入しまして。
因此股价跌到300日元意味着既有破产风险,也有被收购的风险,确实300日元的话,市值大概是多少呢?
ですから、株価が300円っていうことは潰れる危険性もあるんですけど、買収される危険性もあって、確かに結構 300 円っていうと、時価総額はどのぐらいですかね。
嗯,大概跌破1000亿日元左右吧。
えっと、1000億円切るぐらいですかね。
所以相对容易就能买下。
だから比較的簡単に買えちゃう。
所以说,是非常有钱的人呢。
なので、ものすごいお金持ちなんですね。
所以持股超过50%的话实质上就是恶意收购了。
なので、50 以上持てば実質乗っ取りになりますもんね。
是的,当时非常艰难,但那时我思考了为什么会陷入经营危机。
そうですね、非常に苦しかったんですけど、その、なんで経営危機になっちゃったのかっていうのをその時考えたんですね。
其实这个不用想也知道,经营危机在出现赤字决算前业绩就长期低迷了。
で、まぁこれ考えるまでもないんですけど、やっぱり経営危機って本当に赤字決算とかになる前からずっと業績が低迷してるんですね。
然后,高层还是不断要求我们提升销售额,我们也很努力,但无论怎么努力销售额就是上不去。
で、やっぱりこう、上からはもっと売り上げを上げるんだっていうふうに言われて、僕らも頑張ってるんですけど、頑張っても頑張っても売り上げ上がらないんですね。
渐渐地,大家都变得非常疲惫不堪。
で、そのうちにみんなだんだんこう、すごく疲弊していって。
回想起来,这种情况似乎形成了恶性循环,虽然当时我也有很多非常痛苦的经历,但其中一点是:
で、なんかこう、それが悪循環になってしまうみたいなことだったんですけど、それを思い返してみると、やっぱり当時から僕がすごく辛かったことはいっぱいあるんですけど、辛かったことの一つがですね。
我们努力的目标只是业绩和数字。
何のために頑張ってるのかっていうのが業績とか数字。
除了销售额、利润这些数字之外,我们缺乏其他奋斗的目标,比如努力的社会意义——像是能为社会做贡献,或是让客户满意这类价值。
売り上げとか利益とか、その数字以外にこの頑張る目標がないんですよなんか、その頑張ることの社会的な意味と、こういうふうに社会に役に立つからとか、社会の前にお客様でもいいんですけど。
没有'想为客户提供这样的价值'、'想让客户因此感到高兴'这样的意义或使命,只是一味追求销售额和利润这些KPI数字。
お客様にこういう価値を提供したいから、お客様にこういうことで喜んでもらいたいからとか、そういう意味とか、大義っていうのがないままに、売上とか利益っていう KPI。
这种对数字的盲目追求持续下去,不仅是我,所有员工也都精疲力竭了。
数字をひたすら追求するっていうことが続いて、そのことがもう一つの、なんていうか、逆に僕もそうですけど、社員もみんな疲弊しちゃうんですね。
而疲惫又进一步导致业绩恶化,陷入了完全的恶性循环。除非把这个恶性循环扭转成良性循环,否则业绩绝对无法好转。
と疲弊すると、そのことがさらに業績を悪化させてしまうという完全な悪循環に陥っちゃってて、ここまず 悪循環を正常な良い循環に逆転させない限りは、業績は絶対良くならないっていうことで。
因此,在进行裁员或业务结构转型之前,我们必须先找回失去的目标和意义,将陷入恶性循环的组织与人心重新引导回良性的循环轨道。
だから、リストラとか事業構造転換の前に、まずその目的を失って、意義を失って、悪循環してしまったもの、組織と人の心をもう一回正しい善の循環に戻すっていう 作業をしなきゃいけなくて。
那时最重要的就是重新思考:我们究竟为了什么而工作?
その時にやっぱ一番大事だったのは、自分たちって何のために働いてんだっけ。
。
と。
当初是怀着怎样的目标加入这家公司的?
何を成し遂げたくてこの会社に入ったんだっけ。
让每个人——包括我自己在内——重新思考这些问题,并将这些想法通过对话表达出来,这是至关重要的。通过这样的自问自答过程,
みたいなことをもう一回こう、一人一人が、自分も含めてですね、考えてみるして、それをその思いとして口に出して対話してみるみたいなことがすごく大事で、で、まぁそういう作業を自分の 中で問答を繰り返して。
我们最终明确了自己想要为这样的目标而工作,
自分たちはこういうことのために働きたいんだよね。
并以经营理念的形式提出'这家公司应该致力于这样的使命'——具体来说就是'持续进化以服务客户',
この会社っていうのはこういうことをやるべきなんだよねっていうことを経営理念っていう形で言葉にして、それを掲げたんですが、ちなみにそれがお客様のお役に立つため。
以及另一个核心理念'人与企业的共同成长'。
に進化し続けるっていうことと、もう一つが人の成長、企業の成長っていう ことだったんですね。
但是,仅仅提出这个理念还不够,于是我们让每位员工都停下来思考:我究竟是为了什么而工作?
で、これを掲げるだけじゃあんまり意味がないので、じゃあ同じことをみんな一人一人、社員一人一人が自分は何のために働いてんだっけ。
在这家公司想要实现什么?
この会社で何をしたいんだっけ。
我们利用工作时间,组织大家在会议室、店铺后方办公区等场所聚集,开展这样的对话会。
っていうことを立ち止まって考えてみようっていう、そういう 会話の会を、あの就業時間中にみんなで会議室とか、お店でも、なんか後ろの事務スペースとかに集まって。
我们就这样持续开展了对话会活动。
みんなでこう、対話会っていうのをやったんですね。
这个活动持续进行了很多年,不仅是我作为董事或管理层,普通员工也每天以六人小组形式坚持开展这样的对话。
それをどうだろうな、ずっと何年間もずっとやって、僕自身も役員とか管理職だけじゃなくて、一般の社員の人たちとも、日詰めで結構6人のグループでずっとそういう対話を、毎日毎日そういう対話をやっていて。
通过这种方式发现,大家其实都怀有初心——比如有人会说:'我因为热爱时尚行业才加入公司,但回想起来最感动的是在卖场时'
で、そうやってみると、皆さんやっぱり何か想いがあって、私はこう、ファッションが好きで、ファッションのそういうビジネスがやりたくて入ったんだけど、思い出してみると一番嬉しかったのって、その売場にいた時にお得意様がいらして。
当自己因调职要去其他店铺时,最后一天顾客特意带着点心过来道谢说'承蒙关照'
自分が今度異動で他の店に行っちゃう時に、その最後の日にお客さんが菓子折り持ってきてくれて、なんかお世話になりましたと。
还鼓励我说'在新岗位也要加油',那份用点心传递的鼓励让人感动得几乎落泪
新しい勤務先でも頑張ってくださいって言って、なんかお菓子を励ましてくれたっていうことがあって、もう本当、涙が出るほどうれしかったみたいな。
我回顾自己的经历,发现自己确实喜欢时尚,但更热爱与人相处,让他人开心给我带来巨大的成就感。
自分は振り返ってみると、やっぱりそのファッションも好きだけど、それ以上にやっぱ人が好きで、人に喜んでもらうことにすごいやりがいがある。
所以现在虽然顾客变了,社会也变了,但我依然想做能让人感到快乐的工作。
あったんで、今、お客様も変わっちゃったし、世の中も変わっちゃったんだけど、やっぱり自分はそういう人に喜んでもらえる仕事がしたい。
而这家公司,肯定具备实现这个目标的基因和资源,所以我想在这里实现这个愿望,这样的想法就自然浮现了。
で、この会社、きっとそういうことができる DNA もあるし、そういうアセットもあるから、それを自分はやりたいんだとかですね、こういう思いが出てくるんですね。
于是大家就会想着'为此努力吧','这样业绩或许会变好',这样一想发现和经营理念高度契合,从而获得了广泛共鸣。
で、そのために頑張ろうみたいな、そうすればなんか業績も良くなるんじゃないかみたいな、そうやって考えてみたら、なんかこれってなんか経営理念で言われてることとなんかすごく重なるよね、みたいな形で、結構共感をしていただくことができて。それ。
渐渐地,我们工作的意义和目的开始相互重叠,能够达成共识了。
で、だんだん、その、我々が働くことの意味とか目的みたいなものが、だんだんこう重なってきて、共有できるようになってきたんですね。
可以说经营理念真正活了起来。
経営理念が生きできたっていうか。
虽然需要特意设置这样的对话环节,但其实这种对话本身就极具人文色彩。
そういう例えばために設定した対話っていうことが必要だったんですけど、例えばこの対話っていう営み自体が、ものすごくなんか人文学的なんですね。
就像刚才提到的,柏拉图的哲学本就是对话体,而在东方,《论语》也是师生间的问答,弟子们提问,孔子作答。
さっきもちょっとお話ししましたけど、プラトンの哲学って、そもそも対話編だったわけで、あるいは東洋で言うと、論語も師のたわむれということで、弟子の人々が何かこう聞くと、孔子が。
就像这样给予回答,佛教中称之为问答,当有人带着问题提问时,释迦牟尼或僧侣们就会针对那个问题给予解答。
こうやって答えてくれるとか、仏教でも問答って言って、何かこう課題を持っている人が何か問いかけると、その課題に対して、そのお釈迦様とかですね、お坊さんが答えてくれるみたいな。
有些东西只有通过这样的对话才能传递,这才是最重要的事情。
そういう対話を通じてしか伝わらないものがあって、それが一番大事なことなんだ、みたいな。
是的,正是这些构建了人与人之间的信任关系,也是沟通中最不可或缺的关键要素,它能在原本分散的个人之间建立起联系。
はいはい、それが人間の信頼関係を作るし、それがなんかこう、一番大事なことのコミュニケーションには欠かせないし、それが一人ひとりのバラバラになっている人間の間にこう関係性を作っていって。
这种力量会转化为组织的集体能力,让组织中每个个体的能力得到发挥和激活,使整个组织实现1+1大于3甚至
それがその組織能力みたいなものにつながっていくんだっていうような、そういうこの組織の一人ひとりの力を発揮して、生かして、組織としてこう、1 + 1 が 3 とか。
达到4的协同效应,而其基础正是这些对话技巧。虽然出乎意料,但这确实是发挥了重要作用的一点。
4 になっていくような力を発揮していく時の基盤になってるのって、そういう対話の技術とかそういうことだと思うんですけど、これが何か図らずも役に立っちゃったことの一つだと思います。
我最初听说要开展对话时,以为真的只是高层管理者参与,没想到实际上连门店员工也都全部参与了吗?
これ、かなり僕、最初対話をやったって聞いた時に、本当に上層部だけ、経営者層だけだと思ったんですけど、本当にお店でやったってことは社員の方皆さんやったってことですか。
是的,当时被狠狠训斥了一顿。
そうですね、かなり怒られました。
在门店实施时,正值接待顾客人手不足的忙碌时段,突然宣布'现在是对话时间请退后',而店长和同事们几乎都是我的前辈。
お店でやった時は、今お客さんと接客してて人手が足りなくて忙しいのに、じゃあ対話の時間になりましたから、後ろ下がってくださいって言うと、店長とかみんな僕より先輩ばっかりなんですね。
因为都是年长的前辈,他们就会说'你小子在想什么呢,现在不是干这个的时候'。
年配の 方ばっかりなんで、お前何考えてんだよって言ってやってる場合じゃないよ。
被狠狠训斥说'业绩这么差的时候哪有功夫搞这些',但最后还是让他们理解了'现在不这么做不行'的道理。
そんなこの苦しい時でそんなやってる場合じゃねえだろって言ってかなり怒られましたけど、でも今これをやらないとダメなんですっていうことでご理解いただいて。
我觉得在业绩低迷时反而要停下来回归根本,这种思路非常具有人文智慧,但确实需要极大的勇气。
なんかすごくやっぱり業績が悪い時に、だからこそ立ち止まって、その根本に戻っていこうっていう流れで、すごく僕、人文知的だなって思うんですけど、その、ものすごくやっぱり勇気がいると思うんですよね。
要实施这个的话。
それをやろうとすると。
确实如此。
そうだろうね。
我认为这需要极大的决心和勇气,完全可以预见到会有人发火说'业绩这么差为什么不先做提升销售额的活动'。
覚悟と勇気が凄いいるなと思っていて、まさにそれで怒られたりだとか、いや、こんなに業績悪いのに、なんでその売上を上げる活動しないんだっていう反論が簡単に予測される。
而且您也说过需要好几年时间,效果不会立刻显现对吧。
しかも、その何年かかってっておっしゃってたんで、やっぱすぐ効果って出ないじゃないですか。
这种回归根本的过程,无论如何都需要时间。
その、立ち戻っていくっていうことって、時間がどうしてもかかる。
越是急于求成,反而会失去意义这一点,真是让人感慨。
それを早めれば早めるほど意味がなくなってしまうっていうことに、何かこう、すごい。
能够早期就集中精力,在过程中坚持忍耐并主导对话,实在令人佩服。听完刚才的讲述,真是深刻体会到‘欲速则不达’的真谛。
早期にフォーカスされて、その間、耐え抜きながら、その対話を仕切っておられるっていうことがマジですごいなと思って、今の話聞いて、急がば回れってマジでほんとその字で行かれてますよね。
确实如此。
本当だね。
是的,刚才Yanyan提到的‘欲速则不达’正是我的座右铭,
はい、今ヤンヤンさんの言っていただいた、急がば回れって僕のモットーで、
没错。
そうなんです。
我也真心觉得必须忍耐坚持,包括那些理念之类的东西。
本当にそう思って我慢してやるしかないなと思ってましたなんか理念とかも。
最初我在类似企业家学习会创立公司时说过,大家通常会学到,
最初の僕経営者勉強会みたいなところに会社作った時に言った時に、だいたい習うんですよね。
需要有理念,并要好好用语言表达出来传达给员工,但往往只有社长在努力构思,然后把它贴在社长室里。
理念が必要で、皆さんちゃんと言語化して社員に通達しましょうみたいなことあるんですけど、だいたいは社長だけが頑張って考えて、それを社長室に貼っといて。
当你说‘这就是我们的理念’时,其实已经失败了。
これが理念だって言った時点でもう終わってるんですよね。
然后公司外部化后,谁都不记得我们公司的理念是什么了。
で、経営外化して誰もうちの会社の理念って何だったっけ。
即使问起来也没人能回答,这种情况很常见。但在那些成功让理念渗透的公司里,是否有什么诀窍、想法、机制或方法呢?
って言っても答えられないみたいな状況って結構ある中で、でもそれをなんかちゃんと浸透させていったところって、何かこう、コツとか、思いとか、仕組みとか、やり方とかあったんですか。
确实,说到对话,在企业经营和组织理论中,战后那些被称为JTC类型的企业,其沟通方式基本都是单向的。
そうですね、対話って、そういう、こう、企業の経営とか組織論で言うと、これまでの 戦後の、いわゆる JTC って言われるような企業は、だいたいコミュニケーションの仕方って一方通行なんですね。
通过上令下达或指示命令的形式延续至今,这在工业化社会、追赶欧美、战后重建时期非常有力且取得了巨大成功。
上意下達とか、指示命令っていう形でずっと来て、これが工業化社会とか、欧米へのキャッチアップ、戦後の荒廃からの復興とかっていう時に、すごく パワフルで大成功したんだと思うんですけど。
但随着时代从工业化社会逐渐转向德鲁克所说的知识社会,即IT、数据、AI等时代,这种上令下达的指令模式——
だんだん時代がそういう工業化社会から、ドラッカーが言うような知識社会、いわゆる IT とかデータとか AI とか、そういう時代になってくると、そういうこう、上意下達、指示命令。
可以说是军队式的模式吧,
型の、いわゆる軍隊型っていうんでしょうかね。
需要转变为不是这种沟通方式,而是让每个人发挥个性与优势,团队共同激发创造力。
そういうコミュニケーションではなくて、一人ひとりが個性とか強みを活かしながら、チームで想像力を発揮していく。
从'我'到'你'创造价值的工作方式被需要,这需要扁平化的双向沟通,我想这就是所谓的对话。
ウからユーの価値を作っていくみたいな、そういう仕事の仕方が求められるんですけど、これってフラットな中での双方向のコミュニケーションで、まぁそのことを対話っていうんだと思うんですけど。
将这种自上而下的单向沟通转变为双向、平等且自由的交流方式,虽然看起来像是完全相反的方向,非常具有挑战性。
この上位下達の上から下への一方的なコミュニケーションを、双方向で対等で自由なやりとりのコミュニケーションに変えていくっていうのは、なんかおよそ真逆みたいな形ですごく難しいと思うんですけど。
反过来,我认为只有通过这种方式才能传达某些东西,所以即使想强行灌输'这就是我们的理念',也没人会感兴趣。
逆にこれをやっていくことでしか伝わらないことっていうのはあると思っていて、だから理念を、これが理念ですよっていうものを押し付けて浸透させようと思っても、誰もそんなこと興味ないし。
他们不会跟随,但我在思考理念时,会深入思考自己为何工作、为何在这家公司工作、想要实现什么,某种程度上...
ついてきてくれないんですけど、僕はある意味理念を考えるときに、じゃあ自分はなぜ働いてるんだろうかとか、自分はなぜこの 会社で働いていて、どんなことを成し遂げたいと思ってるんだろうかっていうのをやっぱり深く考えた時に、ある程度。
这不仅适用于我个人,我相信与公司同事或多或少都能共享这种想法,应该存在相当大的重叠部分,这种自信或者说...
これは僕だけにしか当てはまらない思いではなくて、この会社に一緒に働いているみんなと多かれ少なかれ共有できるのではないか、重なる部分が相当あるはずだっていう なんかそういう自信というかですね。
我有一种确信,感觉像是在为大家代言。
確信があって、みんなに代わって作ってるみたいな思いがあったんですね。
所以我会说'请大家也思考同样的问题,然后交换意见,进行对话',如果坚持不懈地这样做,每个人都会根据自己的背景和想法用不同语言表达...
なので、同じことをじゃあ皆さんも考えてみて、それで意見交換してみてください、対話してみてくださいって言って、それを粘り強くやっていたら、なんかそれぞれがそれぞれの背景、思いで、それぞれの言葉で語るんですけど。
当倾听或讨论这些,或是听别人讲述时,会发现有些共同点存在。
なんかそれを いろいろ聞いたり話したり、人が話してるのを聞いてみたりすると、何か重なってるものがあるよね。
原来如此,虽然你我有些不同,但渐渐就能发现我们其实有很多共同的想法和价值观呢。
なるほど、あなたと私はちょっと違うけど、とは言え、結構重なってる思いとか価値観ってあるよねっていうのがだんだん見えてくるんですね。
这样持续下去就会发现,咦,这些和公司经营理念里写的内容不是相当吻合吗?
それがだんだんやっていたら、あれなんか、これって経営理念に書いてあることとなんかかなり重なってない。
逐渐形成这样的氛围。
みたいな風になってきて。
所以所谓渗透理念,我觉得不是从上往下灌输那种方式,而是在对话过程中自然形成的,比如社长说'我想以这样的理念推进'。
ですから浸透させるっていうのは結構上から下へこう染み込ませるみたいな感じだと思うんですけど、そうじゃなくて対話をしているうちに自然となんか社長がこういう理念で行きたいねって言って。
结果发现意外地接近不是吗?
たこととなんか意外と近いんじゃない。
这种逐渐形成的过程,我想这就是对话的力量或者说效果吧。
みたいな風になってきたっていうのが、これが対話の力っていうか、効果じゃないかなと思います。
会意识到呢,确实会意识到。
気づくんですね、気づく。
没错,青井先生在推动公司内部对话的过程中,您觉得之前学过的文学和人文学科在这方面起到了怎样的作用呢?
そうですよね、青井さんの中で、対話を会社の中で推し進めていくにあたって、自分が今まで学んできた文学とか、その人文学っていうのは、なんかどのように機能した感覚がありますかね。
是的,正如刚才Yanya先生提到的'觉察'这个概念,比如在柏拉图的对话录中,苏格拉底面对那些被称为诡辩家的演说家时——
そうですね、今やんやさんが気づくっていうふうに 言っていただいたんですけど、例えばプラトンの対話編だと、ソクラテスはそういうソフィストっていう弁論家。
就是那些特别擅长传达各种思想、堪称语言专家的那类人——
すごくいろんな考えとかを上手に伝えられる、しゃべりの専門家みたいな人ですかね。
他会向这些人发起诘问。这些人最初总宣称'我全都明白',但随着不断被追问,就会逐渐意识到'啊,其实我可能并不真正理解'。
そういう人を相手に問答をふっかけて、それでその人は、いや、僕は全部わかってるんだと最初は言ってるんですけど、なんかいろいろ質問していくと、あれなんか実はよくわかってなかったかも。
就像这样自然而然地引导对方觉察。
みたいに自然と気づかせるっていう。
这种方法被称为'产婆术',就像接生婴儿般,通过'无知之知'来接近真理——我觉得大概就是这么个原理。
それをなんかさんば術って呼んだりしていて、赤ちゃんを取り出すみたいな感じで、この無知の知っていうのを通じて真実にアプローチするっていうなんかそういう ことだと思うんですけど。
如果说工业化社会的模式是'通过命令让人做事',那么创造能让人自主觉察的环境和情境时,人们对自己领悟到的东西自然会格外珍视,
だから命令して何々させるっていうのが工業化社会の一つのパターンだとすると、命令しないで気づくような環境とか状況を作り出すことによって、自分で気づいたものって、やっぱりみんなすごく大切にできるし。
因为想要去珍视。
大切にしたいから。
这样一来,这种'想要珍视的意愿'就会形成强大的动力,转化为行动力、创造力,催生各种创意——就是这样运作的。
それがそうすると、大切にしたい思いっていうのが、すごい強いモチベーションになって、それがこう力になって、頑張りになっていったり、想像力になっていったり、アイディアが出てきたり、こうするわけですよね。
因此,比如说这在西方哲学中也很实用,而之前刘玄那期节目让我觉得特别有趣的是,
なので、例えばそういう西洋哲学でも役に立ちますし、この前のあの劉玄さんの回でもとても面白いなと思ったのは、
佛教终究是提出疑问更为重要,而非盲目信仰教义。
仏教はやっぱりその問いを立てることが大事で、教えを信じることじゃないんだ。
所以,要自己提出问题,思考这究竟是怎么回事。
だから、自分で問いを立てて、何かこれって何なんだろう。
思考这种情况下该怎么办。
これってどうしたらいいんだろう。
对于这样思考的人,能够给出极其有用的回答。
と思ってる人に対しては、ものすごく役に立つ答えを返すことができる。
虽然可以通过门徒来教导他们,但对于那些自己无法产生疑问提出问题的人,就有些无能为力,这算是个缺点吧。
まぁそう門徒を通じて教えてあげることはできるんだけど、自分で そういう疑問を持って問いを立てられない人に対しては、ちょっと無力っていうデメリットというかですね。
这种带有几分冷静特质的部分很有意思,但对话其实也有类似之处,在对话中我们会稍微抛出问题,
結構クールなとこもあるよねっていうお話、すごく面白いなと思ったんですけど、やっぱり対話もやっぱりそういうところがあって、対話の場合には少し投げかけるんですけどね。
比如'您对此怎么看?'或'实际上您想怎么做?'这样引导,然后逐渐展开,这样想法就会浮现出来。
これってどう思いますかとか、本当はどうしたいんですかとか というふうに投げかけるんですけども、そこからだんだんスタートしていって、そうすると想いが出てくる。
这样一来,那些想法就会自发地开始流动,当人们逐渐意识到这些想法也能与他人共享时,这种共享能力,怎么说呢,
そうすると、その想いが今度は一人でに動き始めて、で、またその想いが他の人たちとも共有できるっていうことがわかってくると、想いが共有できるっていうことが、何ていうか。
会形成信任感、伙伴意识以及团队的凝聚力,当这种力量扩散开来,就会演变成组织能力,很可能成为企业最强大的力量。
信頼感とか仲間意識、チームとしての一体感っていうものを形成してくるので、それが広がっていくと組織能力みたいなふうな形になって、企業の1番強い力に多分なってくるんだと思うんですよね。
所以,正因为是哲学,不仅仅是文学,观察哲学如何产生时,对话这种方式,
なので、哲学だから、文学だけじゃなくて、哲学とかのがどういうふうに生成してくるかっていうのを見ると、やっぱり対話っていうアプローチ。
确实是最基础的。在我们公司面临严峻考验,被逼入绝境时,那些最基础的哲学方法出人意料地派上了用场,大概就是这种感觉。
すごく基盤にあって、それは当社なんかも厳しい修羅場というか、土壇場に追い込まれた時に、そういう一番基盤になる哲学的アプローチみたいなものが、思いがけず役に立ってしまったっていうなんかそんな感じかなと思。
是的。
います。
非常。
すごく。
很多人认为日本人缺乏自发性,但我认为这很大程度上是工业化时代的印象所致。实际上,我觉得他们是具有高度自律性和自发性的文化群体。
日本人って自発性がない って思ってる方なんかすごい 結構いるなと思ってるんですけど、その、やっぱり工業化時代のなんかイメージが多分強いなんか僕、すごく自律性と自発性が高い文化圏の人たちだなっていう見方をしていて。
虽然这是相对于其他文化的比较,但关键在于如何设计一个能让员工充分发挥自主性的环境,以及他们自身的独立性。
他の文化とかと比べて相対的な話なんですけど、まさにそのなんていうか、従業員の皆さんの全全量性っていうものが発揮される環境設計ということと、本人たちの自立。
能够激发自发性的环境设计与干预。
自発性っていうのが発揮される環境設計と介入。
说到干预这个词可能不太恰当,但我深刻感受到你们确实这么做了,而且从一开始就基于青木先生内心的确信——认为员工必定怀有某种信念——作为出发点。
介入っていうと、ちょっと言い方あれですけど、そういうことをされたんだなっていうのをすごく思いましたし、前提に結構最初の方に、その青木さんの中の確信として何か想いがあるはずだっていうのから出発してたじゃないですか。
就是刚才提到的这些。
今の話って。
我觉得这点非常具有代表性。虽然我接触过各种规模企业的经营者,但相对而言,完全不抱这种期待的人确实存在。
僕、すごくそこ特徴的だなと思っていて、まぁ、いろんな、その、大中小あらゆる企業の経営者の方々と結構僕会ってきたことがあるんですけども、比較的それを全く期待してない人たちっていらっしゃるんですよね。
有些经营者对员工根本不抱'他们应该有自己的想法'这样的期待,不过说实话,这类人很少出现在真正成功的大企业里。
従業員の人たちに対して、本当は何か考えてるはずとか、何か思いがあるはずとかっていうのを 思ってない経営者の人とかも、あまり大きくて成功してる会社に正直いらっしゃらないと思ってるんですけど。
但在那些不太成功的公司里,这种情况简直比比皆是,给人的感觉就是完全不重视员工个人的内心想法。
そうでもない会社とかだとめちゃくちゃたくさんあるなと思ってて、まぁね、一人一人の心の中のことを重要視してないみたいなイメージですよね。
不仅是不重视,说得直白些,有些经营者甚至带着轻视,认为员工根本不会思考,觉得'按我说的做就行了'。
重要視してないのもそうですけど、なんていうか言い方あれですけど、多分バカにしてる従業員を何も考えてないだろうとか、こうしとけばいいだろうみたいな風に思ってる人。
当然也存在这样的经营者,但关键在于要对他们潜在的可能性怀有确信——如果没有这种确信,根本不会进行长期持续的对话。
その経営者の人ももちろんいらっしゃる中で、そこの可能性、ポテンシャルみたいなのを、なんか結構最初に確信があって、そこの確信がないと、長期間にかけての対話ってやんないじゃないですか。
果然因为有着这份确信,才能坚持长期对话并相信终会有所收获。
やっぱりそこに確信があるから、長期間対話して何かが出るはずだって思ってるから。
虽然在这过程中难免会感到不安和艰难,但正是这份确信让人能够忍耐下去。
その出ない間不安だろうし大変だと思うんですけど、そこが我慢できるわけじゃないですか。
这一点非常具有特色,让我强烈感受到其中体现的人性观。
ここがすごくなんていうか、特徴的だし、人間の見方みたいなのがすごく出てらっしゃるなっていうのをすごい感じましたね。
刚才的讨论从人性理解角度出发,那种对人的基本看法前提,就像深谷君说的那样,确实和其他经营者有些不同呢。
今の話は人間理解のところからして、なんかすごく人間の見方に対する前提みたいなところが、今深谷君が言ったような他の経営者とはちょっとなんか違うような感じがするよね。
是啊,虽然经营者有各种类型,但不得不说这种观点非常有趣,引人深思。
そうね、いろんなタイプの経営者いらっしゃると思いますけど、なんかすごい面白いって言ったらあれですけど、興味深いなっていう。
实际上最初阶段,前辈们还训斥说'哪有时间搞这些'对吧。
で、実際、最初の方はもう言ったらね、先輩方に怒られて、いや、そんなやってる暇ねーんだって言われてたわけですよね。
开会能让销售额增加哪怕1日元吗?
会議して売り上げが1円でも 上がるのか。
根本不可能吧——大概都是这样被说的,但他们还是坚持脚踏实地做下来了。
上がんねえだろ、みたいな感じで恐らく言われてたんじゃないかと思うんですけど、そこから地道にそれを続けるわけじゃないですか。
在持续这样做的过程中,有没有某个时刻让你觉得发生了变化?
それをやり続けていくと変化したなって思ったタイミングがあるんですか。
比如公司发生了改变之类的?
会社が変わったなとか。
是的。
そうですね。
比如说有这样的瞬间:当我们一味追求销售额,满脑子想着'怎样才能提高销量'去接待顾客时,渐渐地顾客在我们眼里就变成了钱包。
例えばこういう瞬間があって、やっぱり売上を追求している時に、どうやったら売り上げが上げられるかって いうふうに接客してると、だんだんお客さんがお財布に見えてきちゃうっていうか。
或者说人变成了金钱的象征,据说当时就是这样的状态。总之就是拼命推销。
人っていうかなんかお金に見えてきちゃうみたいな感じになってたって言われてるんですけど、まぁとにかくこう売り込むわけですよね。
不顾顾客的实际需求,只顾拼命推销我们想卖的产品,用各种销售话术让顾客购买。
お客様の都合とか関係なし、我々が売りたいものを一生懸命セールストークして、買っていただけるように売り込んでいく。
但后来通过问卷调查和顾客访谈发现,这种做法反而引起了顾客的反感。于是我们重新开始倾听顾客的声音。
だけど、ちょっとこれ、これが逆に客様に嫌がられてるっていうのは、やっぱりアンケートとか、お客様のインタビューとかでも明確に出てきてるんで、やっぱそういうのをもう一回みんなでお客様の声を聞いたり。
听到顾客抱怨说服务方式太过强硬,让人感到不舒服甚至痛苦之类的反馈。
お客さんが接客がもうすごくハードで嫌なんですよね、辛いんですよね、みたいなのをこう語ってる様子を聞いたりとかですね、して。
其实顾客都是带着某种需求来店的,我们真的有好好倾听吗?
本当はお客様って何かニーズを持ってお店にいらっしゃってるわけですから、それってちゃんと聞いてるんだっけ。
于是我们重新审视这个问题,决定试着多倾听顾客——不要总是我们单方面说,而是先认真了解顾客是为什么而来、有什么具体需求。
みたいなことをもう一回問直して、で、お客さんに聞いてみようよ、と、こっちばっかりが話してるんじゃなくて、お客様がどういうものを探しに来たのか、どういうニーズがあっていらっしゃるのかっていうのをちゃんとお聞きしてから。
然后根据需求来回应不就好了?
それに答えたらいいじゃない。
这样最终他们自然会购买,这本是理所当然的事,但我们却陷入了恶性循环的困境。
そうすれば結局買ってくれるわけだから、みたいな当たり前のことなんですけど、結構苦しくなっちゃってるとか悪循環になっちゃってる。
公司当时就处于这种有点畸形的异常状态。
会社ってそういうちょっと変な、異常な状態になっちゃってるんですね。
为了回归正轨,我们开始推行'倾听顾客声音'的行动。
それを正常に戻すために、お客様の声聞こう みたいな。
这本质也是种对话形式,但也遭到不少反对,有人说'我们不该只是提供顾客想要的,而应该预判顾客需求主动提案,这才是专业'。
これも一種の対話なんですけど、それもまぁ結構嫌がられて、いや、お客様の望むことを提供するんじゃなくて、我々がお客様の望んでいるものを先読みして提案するのが我々の仕事じゃないか、それこそがプロだろう。
虽然这些反对意见也有道理,但我觉得那属于中高级阶段,首先还是应该打好基础——认真听取顾客的意见和需求。
みたいなことで結構反論されたりしたんですけど、それはおっしゃる通りなんだけど、それはどっちかっていうと中級・上級編で、まずお客様のご意見もちゃんと要望も聞け。
而且,只有真正理解客户需求的人提出的建议才有意义。如果只是单方面地灌输销售话术,即便当场成交,事后客户也会后悔购买。
るし、それがわかってる人が提案してこそ初めて意味があるので、こっちの都合だけで一方的に何かセールストークして浴びせ倒してたとその場で買っていただいても、後でやっぱあれ買わなきゃよかった。
要是让客户觉得受骗了,他们可能就再也不会光顾了,对吧?
騙されたみたいに思われたらもう二度と来てくれないじゃないか、みたいな。
在实践过程中,卖场里逐渐形成了这样的对话氛围:当有人说'这个月我们主推这个吧',就会有人问'这真的是客户想要的吗?'
で、まぁやってるうちにですね、だんだん売場でも会話として、じゃあこういうことを今月はやりましょうみたいな言うと、それって本当に客さんが望んでることでしたっけ。
或者'客户真的会为此高兴吗?'
とか、これって本当に客さん喜んでくれるんだっけ。
像这样敢于发声的人开始出现了。
みたいなことを発言する人が現れてきたんですね。
真是令人欣慰的时刻啊。
嬉しい瞬間やな。
就在这个瞬间,我感觉到了明显的转变。
それはこの瞬間になんかすごい変わってきたなって。
我确实感受到了对话带来的价值。
対話しててよかったなっていうのは感じたことがあります。
哎呀,作为顾客我经常去各种店铺,确实能明显感觉到呢。
いやー、これ僕は客の立場でね、行くこと多いんですけど、いろんな店とかやっぱりわかりますもんね。
一看就知道是来推销的。
これ売りに来てるなっていう。
简直太明显了,完全能看出来。
わかりますよね、もう、めちゃくちゃ。
真的,比如房产中介那种。
もう、ほんと、不動産屋とか。
但我独居时去过房产中介,明明说了只要便宜的地方就行。
でも、僕、一人暮らしする時に不動産屋行ったんですけど、とにかく安いところ がいいって言ってるんですよ。
都说了旧点没关系,和室也行只要便宜,但接待的人却说'这个浴室是分离式的所以更好'之类完全不对路的话。
汚くてもいいし、和室でも何でもいいから安いところがいいって言ってるのに、対応する人は、ここはやっぱ風呂とより別だからこっちの方がいいと思いますとか全然違うこと言ってくるみたいな。
明明说了想要便宜的吧,这种地方也是有的。
なんか安い方がいいって言ってるでしょっていう、そういうとこもあるし。
所以一旦看穿对方意图,作为顾客就会觉得这人不可信,感觉就像在商业虚拟世界里玩游戏一样。
だから向こうの意図が見えちゃうと、この人の言ってること信用できないなって、やっぱお客さんの立場としても思うと思うんですよね なんか、そのビジネスっていうバーチャル世界でやってるゲームみたいなところから。
看起来真的正在转变为基于人与人之间相互理解的行为,但终究还是难免变成那种追逐数字、追求高分的游戏模式,不是吗?
本当に人と人としての相互理解に根差したアクションに変わっていくみたいな感じに見えるし、やっぱりどうしてもその数字を追ってる、ハイスコアを目指してるゲームみたいになっちゃうじゃないですか。
就是那种追逐数字的感觉。
その数字を追ってると。
不过,虽然追求高分的游戏化特征确实存在于商业中,虽然并非完全不存在,但由于社会和人类是以更复杂的因素动态运作的,如果一味忽视这点而始终追求高分,那么本质上...
でも、ハイスコアを目指してるゲームっぽい側面は、確かにビジネスの中にもあるんだけれども、ゼロではないんだけど、もっと複雑な因子でダイナミックに、やっぱり社会と人って動いてるから、なんかそこを無視して、ずっとそのハイスコアに終始してしまうと、本来なんて。
或者说,会导致在决策时不断错失关键信息的情况,我觉得这种现象在各个层面都在发生。
いうか、意思決定に必要だった情報みたいなのめちゃくちゃ逃し続けるみたいなことが起こるっていうのは、すべてのレイヤーで起こってるなあって思うんですよね。
对对对,我觉得即使在更难以察觉的地方人们也会非常愤怒,嗯,确实感觉这种现象到处都在发生,但归根结底还是要回到原点,我们自身...
はいはいはいなんかもっとわかりづらいところでもすごく怒ってると思うし、あの、もうほんといろんなところで起こってるなと思うんですけど、やっぱりその、そもそも論に帰ってきて、自分たちがさっ。
就像关键词'无知之知'所说的那样,虽然每次解释什么是人文学对我来说都很困难,但有一点可以确定:
きもキーワードで無知の知っていうのもありましたけど、僕も 人文学って何なんだっていうのを説明するの、毎回すごく難しいんですけど、一つ確実に言えるの。
我认为'无知之知'确实属于人文学范畴,这是其他学科没有涉及的领域。
無知の知はやっぱ人文学だなと思ってて、他の学問がつかさどってないですもんね。
'无知之知'啊...原来如此,确实只有人文学才专精于此。'无知之知'既意味着驻足思考,也代表着提出质疑,不是吗?
無知の知って、そうか、人文学のみがつかさどってるんですよね、やっぱり無知の知っていうのは、それは立ち止まることでもあるし、問いかけることでもあるじゃないですか。
正因为是无知之知。
無知の知だから。
因为,你看,停下脚步的效用虽然确实存在,但人们往往误以为只有不断奔跑、持续努力、持续产出成果才能取得成效。
なぜなら、そうですねなんか、立ち止まることの効用っていうのが、やっぱなんかその、うまく理解されて、走り続けて、頑張り続けて、その成果を出し続けることだけが成果につながるって思われてるんだけれども。
实际上绝非总是如此,特别是在像现在这样剧烈变化的时代,频繁停下来重新审视问题本身才是关键。
本当に必ずしも全然そうじゃなくて、特に今みたいな、なんか激しい変化がある時代とかだと、むしろ頻繁に立ち止まって問い直し続けるっていうこと自体が。
因为世界正在动态变化。
世界がダイナミックに変わってるからですね。
如果世界是固定的,我们的角色也是固定的,那或许一直向前冲就行了。
世界が固定化されてて、我々の役割が固定化されてたら、多分突っ走り続けてればいいと思うんですよ。
停下脚步反而会成为障碍,但世界每天都在变化,我们的感知也在不断改变,不是吗?
立ち止まるのがむしろその障害になっちゃうと思うんですけど、日々世界変わっていって、日々感覚変わっていってるじゃないですか。
无论是面对政治还是世界,我们都应该以无知之知的态度来理解这些变化,承认自己并不完全明白,并为此投入成本。
政治に対してもそうだし、世界に対しても、なんかその感覚みたいなのを、やっぱりその、無知の知として捉えて、自分はそれをわかってないんだから、やっぱりそこにコスト割いて。
而且对话确实是个关键词,说到底,连当事人自己都没有写下来。
しかも対話っていうのもほんとキーワードだなと思ってて、結局、本人も書いてないし。
正如刚才所说,如果对话缺乏对对方的尊重与重视,那些心里想着'员工反正什么都不懂'而轻视员工的经营者,无论进行多少对话都是徒劳。
それって、対話って、相手へのリスペクトと尊重がないとなしないじゃないですかなんかめちゃくちゃさっき言ったように従業員なんてどうせ何も考えてないでしょってバカにしてる経営者が どんだけ対話しても。
我认为从这种态度中,是无法从员工那里获得任何有价值的见解的。
その態度から生まれる従業員のインサイトって、従業員側からも出てこないと思うんですよね。
就像刚才说的,面对那些某种程度上轻视顾客、强行推销的店员,我们根本不会提出任何需求。
まさにさっき言った、お客さんをある意味バカにして、無理矢理売れつけてる店員に対して、僕たちから要望言うことなんてないじゃないですか。
果然啊,我觉得这些都与态度之类的东西息息相关。
やっぱりなんか、やっぱなんかそういうなんていうか、態度とかにもつかさどられてるなと思ってて。
这种人际态度,与其说是为了提高销售额而刻意为之,不如说从根本上就应该以人的身份采取这样的态度。
人分的な態度っていうのが、なんかそれってあくまで売り上げを上げるためにそういう態度を取るというよりは、やっぱりなんか、その人としてのもっとそもそも論でそういう態度をとる必要があるんだろうなって思うんです。
对吧。
よね。
正因如此,这才能与劳动者的喜悦相连啊。
だからこそ、労働者の喜びにもつながるわけじゃないですか。
劳动者本就不是为了提高销售额而工作,而是因为作为人与人之间的交往能让顾客开心才工作的,所有这些都环环相扣——这就是我现在想表达的感受。
そもそも労働者は売り上げ上げるためにやってるわけじゃなくて、人と人としてお客さんに喜んでもらうことが嬉しくて働いてたわけだから、そういうのが全部やっぱりリンクして繋がるなっていう感覚を僕としては今の話か。
反响非常热烈,我再次确认这就是我的根基所在。
らすごい受けて、やっぱ自分の地だなって思いました。
谢谢。
ありがとうございます。
作为不被时代洪流裹挟的个人根基,这种价值确实存在呢。
大きな時代の流行りとかに巻き込まれないための自分の地としての価値はあるよね。
就像是让人停下来的一个支点,或者说立足点。
立ち止まるための一つの、なんていうか、足場っていうか。
没错,作为支点或锚定点确实很有意义,而且那些总爱思考本质问题的人,果然还是更适合去文学院吧。
そうだよね、足場とかアンカーポイントとしてすごいあるなって思うし、やっぱ、そもそも論で考えるみたいなのを考えちゃいがちな人たちが、やっぱり文学部行ってると思う。
毕竟没法一股脑往前冲呢。
突っ走れないですもんね。
我真的很不擅长不假思索地猛冲。
やっぱなんかノールックで突っ走るのすごい苦手だ そうう。
然后这些人就会被质疑到底在做什么,真的,到底有什么用呢。
んで、この人たち何をやってんだろうとか言われながらね、本当ね、何の役に立つんですか。
就像被人这么说一样。
って言われながらみたいな。
是啊,不过要想短期内取得成果,就得剔除多余信息,简化为极其简单的公式,这样更容易实现短期增长。
そうだね、いや、やっぱり短期的に成果を出そうと思ったら、余計な情報を削ぎ落として、ものすごくシンプルな数式にしていく方が、短期的な成長出るんですね。
比如说,这样做就能卖出,那样做也能卖出,那就先试着做100个看看。
例えば、こうやって売ったら、こうやって売れるから、これを100個やってみたいな。
人类行为从概率上讲更容易这样反应,所以瞄准这个方向尝试就对了。
もう人間こういうふうに動くのが確率的に高いから、もうここを狙ってやってみたいな。
我觉得简化处理、清晰明了的方式往往更容易带来短期增长,不过要说这是理科还是文科的思维方式——其实这种分类本身可能就不太合适。
シンプルにして分かりやすくしてやっていった方が多分短期的な成長は出るパターンの方が多いような気がするんですけど、それが多分どっちかって言ったら、その理系と文系ってそんな分けていいかわかんないですけど。
我认为关键在于公式化的思维,这可能是更快捷的途径。
数式化するみたいなところだと思うんですけど、それが多分早い方だと思うんですよね。
但相对的,人类毕竟更复杂,存在各种变量,难以完全把握,每个人都按自己的逻辑行事,根本没法简单套用公式。
それに対して多分やっぱり人間とはもっと複雑だし、いろんな因子があって、何がわかってるかわかんないし、それぞれのロジックで動いてて、めちゃくちゃ簡単に数式化できないよな。
我觉得这正是人文学科能带给我们的启示。
みたいなのがその人文学とかから得られるものだと思うんですよね。
更进一步说,我觉得有时仅凭对方的话语甚至无法完全理解他们在说什么,所以需要设身处地地去思考,站在对方的立场上考虑问题。
もっと言うと、なんか相手が何を言っているかとかも相手の言葉からだけでもわからないとかあると思うから、そこまでをなんか思いを馳せるとか、相手の立場になって考えるとか。
我认为这是一种试图理解复杂事物而不将其简单化的态度,虽然这种方式既困难又沉重且缓慢,但或许需要某种容忍这种复杂性的觉悟。
複雑なものを複雑なままシンプルにしないで理解 しようとする態度とかそういうものだと思うんですけど、それって難しいし重いし遅いだと思うんですけど、なんかこれを許容する覚悟みたいなものがいるのかなって思ったんですよね。そういうイ
给我的印象是,这确实需要勇气,再次感受到这一点。
メージでしたなんか勇気もいるなあって改めて。
就像刚才也提到过的。
さっきも言いましたけど。
确实如此。
そうですね。
我想这或许与时间维度有关。
やっぱり時間軸っていうことかなと思うんですよね。
因此,在追求成果时,需要考虑希望在多长时间内取得成果。以经营者为例,很多公司的社长任期通常是4年或6年。
だから、結果を出すときに、どのくらいの時間軸で結果を出していきたいのかっていう時で、例えば経営者で言うと、社長で言うと割と4年任期とか6年任期みたいな風に結構決まってる会社さんって多いかと思うんですけど。
如果是4年任期的话,自然就会聚焦在4年内能完成的事情上。
やっぱり4年任期だと、4年でできることっていうのに注目しちゃうと思うんですね。
这样一来,那些根本性的问题,比如不改变企业文化本身、不更新操作系统的话,在这个VUCA时代就无法应对了。虽然道理都懂确实需要改变系统,但
そうすると、あまり根本的なこと、企業風土そのものをやっぱり変えないと、OS を変えないと、このブーカの時代には対応できないよね、みたいな時に、本当はその通りなんで OS を変えなきゃいけないんですけど。
当考虑到改变操作系统需要多久时,如果觉得要花5年或10年,就会觉得与其更换系统,不如直接安装强大的应用程序来得更快,这种想法难免会产生。
OS を変えるのってどのくらいかかるだろうって言うと、やっぱ5年とか10年かかるなと思ったら、そうですね、OS を買うよりはやっぱり強力なアプリケーションをぶっこんじゃった方が早いよねっていう風に、やっぱりどうしてもなっちゃうと思うんですよね。
只要不断引进新技术,就会有种在前进的感觉,所以总之先这么做吧。
どっか新しいテクノロジーをどんどん導入していけば、なんかまぁ前進してるような感じになるから、とにかくそれをやろうみたいな。
简而言之就是停不下来。不过在我这个案例中,幸运的是作为创业家族的第三代,四十多岁(具体是44岁)时当上了社长,
要するに走り続けちゃうわけなんですけど、僕の場合、幸いにも創業家の3代目ということもありまして、40何歳かな、3歳、44 歳の時に社長になったんですけど。
任期不是4年或6年,而是轻松就能做10年左右。
4年とか6年じゃなくて、まぁ10年ぐらいは軽くやるのかなと。
甚至可能做20年。
場合によって 20 年くらいやるのかなって。
实际上已经做了20年,这样前10年就可以专心打好基础,大概能形成这种决断力和定力吧。
実際もう20年なっちゃったんですけど、そうすると前半の10年ぐらいは別に基礎固めしてもいいやっていう風な、こう、割り切り方っていうか、腰の据え方が多分できたんじゃないかなっていうのがあって。
所以与其说是我个人能力使然,不如说是这种允许长期规划的环境和时间因素造就的。嗯嗯
ですので、まぁ僕の実力とかっていう以上に、やっぱりそういう、こう、環境、時間、長い時間軸が 許容されたみたいな。うんうん 状
就会形成这种状态,对吧?
態になるじゃないですか。
所以,您是如何平衡这两者之间的关系的呢?
だから、そことのバランスの取り方ってどうされてたんですか。
说到平衡,可能会让人联想到跷跷板那样两边摇摆的画面,但就我的实际经营经验而言...
バランスっていうと、2辺の両側でこうなんていうか、シーソーみたいなイメージが湧くと思うんですけどなんていうんですかね、僕の実践的な経営の観から言うとですね。
通常需要同时推进大约八项工作,否则很难真正达成目标。
だいたい8つぐらいのことを同時進行していかないと、何か 成し遂げることってなかなかできないんですね。
就是这八个方面。
8つなんです、これ。
有趣的是——这又要回到隆源先生的观点——金刚界曼荼罗中央是大日如来,周围有八个方位格。
面白いのは、また隆源さんに戻っちゃうんですけど、いわゆる金剛界曼荼羅って、あの真ん中に大日如来がいて、その周りに8つのマスがあるんですよ。
虽然那个三角形结构有九个部分,但我发现和这个有点相似:当同时推进八项工作时,中心目标...
あの三角形さんの 9 つがあるんですけど、それの構造にちょっと似てるなと思ったんですけど、8 つぐらいのことを同時進行していくと、真ん中にある目的。
比如大谷选手要成为MLB球员这样的终极目标,似乎需要这八个要素的组合协同推进,用音乐来比喻的话...
大谷君だったら大リーグの選手になるとかですね、そういうことが成就するっていうのが、なんかね、あるみたいで、その8つの中の8つの組み合わせを同時進行で、音楽で言うとこう。
就像交响乐一样的感觉。
交響楽みたいな感じ。
有各种不同的部分,在推进过程中,有时这里能短期获取现金流,但在整体基调建设和体质改善期间,有时也能在这里实现现金流入。
いろんなパートがあって、やっていくと、ある時はここで短期的にキャッシュも稼げるけど、全体的に基調を作って体質改善してる間に、ある時は、ここでキャッシュもキャッシュインも図れますよ。
或者说,某些部分在这里已经形成了资产,诸如此类的事情在同步推进。
とか、ある部分はここで資産を形成できてますよ、とかですねなんかそういうものが同時進行していくので。
关于这点该怎么形容呢,不是非此即彼,而是为了实现目标需要多线操作,就像大谷选手那样先画出类似曼荼罗图的多维图表。
その辺の、なんていうのかな、あれかこれかではなくて、目標とするものをやるためにいくつのことを手がけたらいいかっていうのを多方面に、まず曼荼羅チャートみたいなのを大谷選手みたいに書いてみてですね。
然后根据情况分工协作,最终结果上短期、中期和长期的平衡就相对容易达成了。
それを場合によっては役割分担しながらやっていくみたいにしていくと、結果的にその短期と中期と長期の バランスが比較的取れやすいのかなっていう気がしています。
哇,这真是听到了超棒的观点。
いや、めちゃくちゃいいこと聞けたな。
您说的平衡不仅是A或B的选择平衡,也不仅是正负的平衡,更像是形成了二维、三维的立体平衡概念。
今のバランスはバランスだけど、A か B かとかのバランス、プラスかマイナスかとかじゃなくて、もっと2次元、3次元になってるみたいなイメージなんですね。
不过这也意味着同时在处理看似矛盾的事情对吧?
まぁでも矛盾することも同時にやってるってことですよね。
从各种意义上来说。
いろんな意味では。
确实如此。
そうですね。
嗯,刚才提到的需要同时进行曼荼罗图上的八项左右工作这个观点,在我心中产生了强烈共鸣——虽然这么说可能有些冒昧,毕竟我们经营的公司在规模和进展上都截然不同。
うん、さっきのあの曼荼羅の8つぐらい同時にしないといけないっていう話っていうのは、なんか僕の中ですごい、感覚としてめちゃくちゃ、僭越ながらですね、経営している会社の規模も全然違うし、進捗も全然違うんですけど。
但确实有非常共鸣的地方,这种同时进行看似矛盾的事情让我深有感触,这大概是我过去30年左右近代(还不能称为现代)的体验。
すごい共感するところもあって、一見矛盾するようなことを同時にやってるってすごい僕、大事な感覚があって、なんかあの、この30年間ぐらいの近代、これまだ現代じゃなくて、近代の。
感觉像是处在近代的延长线上,曾经以为可以用定量化和数字解决一切问题。
延長線上だという感覚があるんですけど、その定量化とか数字とかで全部決着をつけたつもりになれた。
我们经营者曾以为可以用数字衡量所有沟通网络的时代已经过去,现在我强烈感受到需要更综合的判断。
我々経営者の通信網を全部なんか数字とかで測れるつもりになれた時代みたいなのから、なんかもっと総合的な判断が求められている感覚がすごく自分の中にあって。
虽然从利益角度是这样,但比如品牌形象受损时,表面看似乎必须二选一——实际上我并不认为它们真的矛盾。
利益的にはこうなるんだけど、その例えばブランディング的に落ちてますとかいうのを、じゃあ一見どっちかが、どっちかが、別に本当は矛盾しないと思うんですけど。
那些被认为矛盾的事情,其实可以同时达成,在这个维度看似矛盾,但提升一个维度从俯瞰视角看,其实并不矛盾。
矛盾すると思われているようなものを、同時に何かこう達成していったりだとか、その、この次元だと矛盾するんだけど、一つレイヤー上げた次元の俯瞰的視点から見ると、実は矛盾してません。
经营者必须不断做出这类判断并付诸实践。
とかなんかそういうことをどんどんその経営者が判断してやっていかないといけない。
实际上这越来越难以达成共识。
それは極めて実はコンセンサスが得られづらくなっていく。
正因如此,同时处理这八件事时,会面临'为什么这个也要做那个也要做'的质疑。
そのことによって、その8つ同時にやる事によって、何でこれもやってこれもやってるんですか。
虽然解释起来很困难,但直觉告诉我这在绩效层面变得极为重要——或许正如刚才所说,这正是工业化社会转向信息化社会的体现。
みたいなことに対して説明 はしづらくなるんだけど、パフォーマンスとしてはすごく大事になってきている感覚があって、まさにその工業化社会から情報化社会になったからかもしれないなともさっきの話で思ったんですけど。
我不禁产生了这样的印象。
そういう印象をちょっと勝手に受けました。
听完您刚才的讲述,确实很有道理。
さっきの話を伺ってなるほどね。
很有意思呢。
面白いですよね。
就像那种输入与输出的模式。
あのインプットとアウトプットみたいな形で。
从工程学或工程技术的角度来看确实如此,但经营这件事,正如野中郁次郎先生所说,是艺术与科学的融合。
工学的っていうか、エンジニアリング的には考えていくと思うんですけど、なんかこう、経営ってやっぱり野中郁次郎先生も、アートとサイエンスの融合って言っていて。
他更倾向于认为艺术占比约八成,虽然说是艺术与科学的融合,但在当今这个VUCA时代,
どっちかっていうとアートが8割ぐらいじゃないかみたいなことをおっしゃってるんですけど、アートとサイエンスの融合なんだけれども、どちらかっていうと、このブーカの時代になってくると。
艺术部分变得极为重要,这或许正是博雅教育发挥作用之处。从艺术视角来看,
アートの部分がすごい重要になってくるっていう、ここがそのリベラルアーツの 出番というかですね、ことなのかなと思うんですけれども、アート的なところから見ていくと。
并非简单的输入与输出一对一对应,而是通过与各利益相关方的多元关系,企业活动及其价值才得以产生。
インプットとアウトプットみたいな1対1対応じゃなくて、いろんな要素とか、いろんなステークホルダーとの関係性で、その企業活動とか、企業活動の価値っていうのは、多分生まれてきてると思うんですね。
这或许最终可归结为佛教的世界观——并非仅看公司实体有多努力、业绩多好或股价涨了多少,
これ、結局、仏教的な見方、世界観かもしれないんですけど、会社っていう実態があって、それがどんだけ頑張ってるので、どんだけ業績が良くなったとか、株価がこれだけ上がりましたとかっていう。
而是通过改善与各方利益相关者的关系,使得业绩提升、股价上涨、求职者增多、
そういうなんか割と比較的シンプルな見方じゃなくて、いろんなステークホルダーとの関係性がこういうふうに改善してきたので、業績もいいし、株評価も上がるしその会社に就職し。
合作企业增加、客户体验改善带来客源与销售额增长——这些都应该是在关系网络中同步优化的。
たい人とか、一緒に取引をしたい取引先が増えましたとか、お客様の体験が良くなってきたのでお客様が増えて売上も上がりましたとかなんかそういうことって全部関係性の中で同時に良くなっていくはずのことだと思。
因此需要超越简单的一对一关系,转向设计多元利益相关者之间的良性关系网络,优化整体流动——这种视角或许才是关键。
のでなんか、その1対1対応みたいな関係から、少し、こう、多様な関係者の間での関係性をより良くしていくみたいな関係性をデザインして流れを良くしていくみたいななんかそういうことが視点が多分必要になって。
虽然这确实涉及非常系统性的层面,但原本比如佛教或日本人的生活中,常会说'托大家的福'之类的话,像是'多亏了大家的支持才能夺冠'
きて、すごいシステム的なことでもあるとは思うんですけども、もともと、例えば仏教とか、その日本人の生活の中で、まぁおかげさまでとかなんか、あの、いろんな人のおかげで、こうなんか優勝できましたとか。
类似'得以成功上市'的说法很常见,但我们应该以这种'受到众人支持'的关系性视角来看待
なんか株式上場できましたみたいな言い方ってよくあるんですけど、そういうこう、いろんな人に支えられているっていう関係性で見ていく。
而不是说'全靠我自己厉害才能做大做强'或'全凭我个人的成功',而是要有'多亏员工们、合作伙伴和当地社区的支持'这样的认知
俺が、俺が私が私が俺がすごいからこんな大きくなったんだとか、大成功したんだっていうじゃなくて、従業員の皆さん、お取引先の 地域の皆さん、皆さんに支えられてみたいな。
我觉得这种心态非常重要,但不应仅停留在感性层面,而要将其融入经营艺术中,这样大概就能形成同时推进这八件事的运作模式
こういう気持ちってすごくあると思うんですが、それを単なるなんていうのかな、気持ちではなくて、経営のアートの中に取り込んでいくと、そういう8つぐらいのことを同時進行していくみたいな形に なっていくのかなっていう気がしました。
刚才青井女士的发言让我深有共鸣,其实和我之前讲的内容也有关联 - 从发挥单一领域专业性的时代,转向需要跨越多个领域
さっきのあおいさんの話、すごい共感するところがあって、なんか僕、一つ前に自分がした話にも繋がるんですけど、すごく横断的知性を発揮する一つの、なんか限られた領域のプロフェッショナリズムを発揮するっていう時代から、複数の領域にまたがった。
甚至要处理看似矛盾的事务的世界观正在形成,而且这种能力正成为新时代的竞争力
一見矛盾するようなこともやったりだとかするっていう世界観に なっていってるなって思ってるんですけど、それがパフォーマンスになる時代になってきてる。
能明显感受到世界各要素间的动态关联性在急剧增强,就像您刚才说的,不是简单的输入输出关系。以我的感受来说,更像是...
それだけその世界の相互連関のダイナミクスみたいなのがすごく増えてきてる感覚があって、その中でさっきおっしゃってたような、その1対1のインプット、アウトプットじゃなくて、自分の感覚だとですね、人分ちが。
如果用经营来比喻的话,大概像是9:1的输入输出比例这样的感觉
る経営ってどういう感覚かっていうと、9 対 1 ぐらいでインプットが多いみたいな感覚なんですよ。
疯狂输入后恍然大悟,面对海量的输入信息,在非语言领域展开思考的同时,发挥跨领域智慧进行精准输出。
めちゃくちゃインプットしてってなるほどで、その膨大な数のインプットに対して非言語領域の思考とかを張り巡らせながら、横断的知性を発揮して位置のアウトプットをする。
类似这样的。
みたいな。
嗯嗯,确实有种输入量比以往多得多的感觉。
うんうん、今までよりインプットが多くなる感覚がすごくあって。
就像青柳先生实践的管理方式,通过对话需要花费时间,即便只是为了一项产出,我们管理层也通过大量对话增加了输入。
なんか、まさにその青柳さんがやってらっしゃった経営も、やっぱ対話があって、時間がかかってっていうのが、一つのアウトプットをその作るにしても、自分たち経営側もインプットをすごく対話によって多くしていらっし。
而且重新倾听了客户的声音,员工们的输入量想必也比以往更多了吧。
ゃいますし、お客さんの話も改めて聞いたっていう話もあったし、従業員の皆さんも多分その今までよりもインプットが多くなったんじゃないかなって思うんですよね。
这种人文主义的做法,首先让人强烈感受到输入量的激增,并珍视这些输入。
なんか、その人文学的って、一つはものすごくインプットが増えるっていう感覚があって、そのインプットを大切にする。
这些输入未必都能被明确解释其价值所在——'这些输入到底有什么意义?'
それを必ずしも全部を説明可能だとはみなさないこのインプットって何の価値があったんですか。
即便被这样追问,也存在许多无法解释的输入,但正是这些积累最终催生出高质量的产出。
って問われてもそれはわかんないインプットもたくさんあったんだけど、そういうものが積み重なった結果、一つのなんかすごくクオリティの高いアウトプットにつながっていくみたいなのが。
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我觉得这非常具有人文和智慧判断的特点,是经营的一大特色,听您刚才的讲述,我感觉您在这方面做得非常出色,让我觉得信息量很大,而且非常全面。
なんかすごく人文・知的判断とか経営の特徴の一つだなと思ってて、それをすごくやってらっしゃるように感じたっていうのが、なんか今の話を聞いてて僕が面白かったポイントというか、インプット多いなっていう感覚を得ました。しかも包括的なイン
这种综合性的输入本身也很有特点对吧?虽然还想继续聊下去,但时间已经差不多了。
プットってあるのもなんか特徴だよね、という ことで、ずっと話しておきたいんですけど、そろそろ時間が来てしまいましてね。
最后请允许我再详细说明一下关于联名信用卡的申请事宜可以吗?
最後にもう一度一緒に出すクレジットカードについてもう少しだけ詳しく説明させてもらってよろしいでしょうか。
是啊,感觉是很久以前的事了。
そうだ、だいぶ昔の話みたいに。
这个申请应该在哪里办理呢?
その話どこで作ればいいんだろうなんか申し込みは。
可以通过丸井的官网申请,我们也会在播客简介栏里放上链接。
丸井さんのウェブサイトからもできるし、ポッドキャストの概要欄にもリンクを貼っておきます。
从那里就可以申请。
そこから申し込めると。
也就是说,可以在网上申请对吧?
つまり、ウェブ上で申し込めますってことですね。
而且,消费金额的1%会回馈给古典文化事业。
で、利用金額の01パーセントが古典に還元される。
另外,4%可能会以积分形式返还给用户。
で、04パーセントは多分ポイントとしてユーザーに還元される。
大概就是这样的信用卡。
なんかそういうカードですね。
是的,这个机制很厉害,虽然第一次见面时也说过,对我们来说这可以说是捐赠,但与其说是捐赠,更像是布施的感觉。
はい、すごいね、仕組みで、まぁ、あの、1回目の方でも言いましたけど、僕たちとしてはここでその寄付って言ってもいいんですけど、寄付というより、なんかお布施的感覚がありますと。
好的好的好的。
はいはいはい。
通过获得这些新资源,虽然有些重复,但我们只从事连接人文与社会的课程,所以希望能将这些资源用于支持这方面的事业。
で、その新しいリソースをもらって、繰り返しになるけど、人文地と社会の架け橋になるという授業しか僕たちやってないので、そこに寄与する使い方をさせてもらいたいなっていうふうに思ってます。
卡片有两种设计,一种是经典Puyi标志的简洁版。
デザインが2種類あるので、1つはすごく分かりやすい古典のピュイのロゴですね。
另一种是鸟类吉祥物图案。
もう一つは鳥のキャラね。
是的,没错。
そうです、そうです。
另一个是由个人团队设计的款式,就是这个。
もう一つは、個人クルーの方にデザインしていただいたデザインがこれ。
这个设计之前也作为书套推出过一次,确实存在。
ブックカバーとしても1回出してるデザインなんですけれども、あります。
今后可能会不断增加新设计,但首先希望大家能从中挑选喜欢的款式进行申请。虽然未来可能还会增加更多选择。对了,这个是个人团队...
今後も、もしかしたらデザイン、またどんどん増えていくかもしれないんですけど、まずこの好きな方ちょっと選んでいただいてですね、申し込みしてもらえればなというふうに思うんですけど、もしかしたらまた増えるかもしれないです、今後も。で、これ、あの、個人クル。
另外,这完全是另一个框架,即使不是团队成员,如果有创业者想通过信用卡形式开展业务,也欢迎申请。
ーと、また全然別の枠組みでして、クルーの方じゃなくても、カードだったら起業できるかなとかいう方がいらっしゃれば、ぜひ申し込んでいただきたいと思ってますし。
当然,如果是团队成员也想持有这张卡的话,我们非常希望大家能够拥有。
もちろんクルーの方でも カードも持ちたいよってことであれば、ぜひぜひ持っていただきたいなというふうに思いますね。
真让人高兴。
嬉しいです。
确实如此,能拥有实体物品对我们来说还是第一次呢。
そうですね、本当に形があるもので何かがあるの、我々初めてじゃないですか。
大概吧。
多分。
虽然之前做过周边商品,但自从那次之后就没再做了,而且我们连像样的办公室都没有。
一応グッズは作ったことはあるけど、グッズ以来だよねなんかこう、本当にオフィスもまともないし。
因为一直处于飘忽不定的状态,所以第一次有了实体物品真的很开心。
ずっとふわふわしてるから、初めてなんか形がちゃんとあって嬉しいです。
真的非常感谢,非常感谢,非常感谢。
本当ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。
很棒呢。
いいですよね。
就是说啊,只要拿着这个就会被某些人觉得很酷对吧。
で、これあれですね、持ってるだけでイケてるって思われるんでしょ、特定の人からね。
对,就是这么回事。
うん、ということなんで。
不,我也要做。
いや、僕も作ります。
当然。
もちろん。
好的,非常感谢。
はい、ありがとうございます。
不过使用这个的话,说明对方应该是喜欢古典的人呢,嗯嗯,说不定我们就能成为好朋友了。
でもこれを使ってるってことは古典が好きな人だというはずなんで、うんうん、お互い仲良くなれるかもしれないですね。
比如周边商品之类的。
グッズとか。
确实,相遇的话就是爱好与爱好的连接呢。
確かに出会えば好きと好きがつながるってことだな。
在店里结账时说'请结账'的时候拿出来,对方就会问'你是某某的粉丝吗?'
よくお店でお会計お願いしますっていう時に出した時に、なんとかのファンなんですか。
类似这样的情况听说很有意思,比如问'您是绫小路先生的粉丝吗?'
みたいなことですごい話があるらしいのでなんか綾小路さんのファンの方なんですか。
这样聊起来的话就太棒了。
って言ってこうなんか話が弾んでくれたらすごくいいな。
原来还有这样的瞬间啊。
そういう瞬間があるのか。
原来如此,这主意太棒了。
なるほど、めちゃくちゃいいですね。
另外我们毕竟经营着店铺,店里经常举办活动,如果能组织粉丝们的线下聚会之类的应该会很有趣,非常欢迎。
あと、私どもやっぱお店をやっていて、お店で結構イベントをやってるんですけど、そこで例えばファンの方のオフ会みたいなのもできたら面白いかなとか、ぜひぜひ。
我觉得这其实是古典爱好者们共有的理想需求,想交流古典广播的感想但身边没有同好,这样的人其实挺多的。
なんか結構その、古典のファン同士の方が持ってらっしゃる理想だなと思ってるニーズで、古典ラジオの感想とかを言い合いたいんだけど、周りにいない、みたいな方、結構いらっしゃるんで。
是啊,经常听到有人说自己周围没人听古典广播,想讨论却找不到人,如果能通过横向联系为这些人创造机会。
そうだよね、自分の周りに古典ラジオ聞いてる人がいなくて、こういう話したいけどできません、みたいな意見よく聞くんでなんかそういう方とかも、なんかその横のつながりで。
让听古典广播的人相互连接,一起聊聊历史啊、人性话题啊、自家故事啊,明明会非常棒,但我们却完全没提供这样的平台。
古典ラジオ聞いてる人同士で繋がれて、一緒に歴史の話とか、なんか人間の話とか、自分ちの話とかできたらめちゃくちゃいいのに なって思いながら、そういう場を我々は全然用意しないっていう。
顽固地完全不打算提供这种平台呢,如果能在这方面合作就太让人高兴了。
かたくなに全然用意しようとしないっていう、そういうとこもね、連携できたらめちゃくちゃ嬉しいですね。
还有就是虽然我们有制作周边商品,但不是按内容分类的坂本龙马周边那种。
あとはグッズも作っていただいてるんですけど、コンテンツごとに坂本龍馬グッズじゃないんですけど。
比如说按主题来,嗯,那个,推出周边商品之类的,真的,看哪个最畅销也很有趣呢。
なんかこう、テーマごとに、はい、あのう、アタックグッズとかですねなんかそういうのも、本当にね、どれが一番売れたかとかも面白いしね。
这样的话,嗯,我们也很热衷于商品企划销售,可以向粉丝们征集设计。
そうなってくると、はい、私どもも結構、商品の企画販売とかぜひぜひしているので、ファンの方からデザイン募集して。
这种形式真的非常好,嗯,那个,这样古典的感动和回忆,就像刚才提到的卡片那样具象化,这个。
なんかそういうのめちゃくちゃいいですね、はい、あの、う、あ、あ、そうすると、古典の、なんかこう、感動とか、思い出が、その、さっきもカードで形になるっておっしゃっていただいたんですけど、この。
周边商品就是这样,将感动和回忆,嗯,具象化,可以一直放在身边,这类东西也很适合合作开发呢。
グッズってそういうなんかこう、感動とか、思い出が、こう、形になって、そうですね、いつも自分のそばに置いておけるとかなんか、そういう方ものなのでなんかぜひそこもや、連携していいですよね。
既有密教中将思念凝聚持有的法器概念,也有基督教玫瑰念珠的寓意,各种使用方式。
思いを圧縮して持つっていう密教の道具的な話もあるし、キリスト教のロザリオ的な話もあるし、なんかいろんな使い方。
正是隐喻呢。
まさにメタファーだね。
作为隐喻来说。
メタファーとしてね。
确实是这样呢。
ほんとそうだね。
作为某种隐喻,可以是感动的隐喻,也可以是甘地相关的商品,甘地的商品确实不错。
何かのメタファーとして、感動のメタファーでもいいし、なんかガンディーのグッズとかでもいいし、ガンディーのグッズ、いいですね。
从那些版权可能已过世的人物那里制作商品,这样大家就能产生联系,挺好的。
著作権が切れてそうな人からグッズ作って、それで皆さんつながり合えるからいいよね。
是啊。
そうね。
我们在这方面实在缺乏才能,完全没做过,如果能合作开展各种活动,我们会非常高兴。
僕たちがあまりにもそういう才能がなさすぎて、全然やってないですから、ぜひ連携していろいろさせていただけたらめちゃくちゃ嬉しいです。
拥有实体店铺也是很大的优势呢。
場所持ってらっしゃるのも強いですね。
果然还是有店铺或场地比较好。
やっぱりショップがあるとか場所がある。
真是令人羡慕。
本当に羨ましい。
请务必多多关照。
ぜひぜひよろしくお願いします。
那么,这次大概就是这样了吧。
ということで、今回こんな感じですかね。
呃,最后如果苍井小姐还有什么想说的,请讲。
えっと、最後なんかお伝えしたいことがあれば蒼井さんの方からお願いします。
是的,其实我们公司也有参与,我们其实在做一档播客节目。
そうですね、実は当社で私も出てるんですけど、ポッドキャストを実はやっていましてね。
这个名为'研究播客'的节目——'播客'取自iPod的'pod'——可以在Spotify等平台收听,有兴趣的朋友欢迎收听。
素晴らしいあの調査っていう意味のリサーチにポッド iPod とかのポッドなんですけど、リサーチポッドっていうので、ポッドキャストとか、あの Spotify とかで 聞けますのでなんか興味ある方はぜひ聞いてみてください。
哎呀已经做了很久了呢。
いやもう長いですよ。
已经播出了200多期,持续了四五年左右。
もう200何回配信されてて、4年 5 年ぐらいやられてるということなんで。
好的。
はい。
不过我们做得很随性啦。
でも、なんかすごいゆるくやってます。
这是个非常轻松的播客,欢迎大家来收听。
めちゃめちゃゆるいポッドキャストなんで、ぜひ聞いてみてください。
如果方便的话。
もしよければね。
也希望大家能关注一下那边的内容。
そちらの方もチェックしていただければと思います。
好的,今天大概就是这样吧。
はい、そんな感じですかね、今日は。
是啊,能介绍这么有个性的经营者真的非常开心。
いや、そうっすねなんか人物的な経営者を紹介できたのはめちゃくちゃ嬉しい。
希望能传达出去。
伝わってほしい。
这个。
これが。
希望这个能传达给大家,或许能成为改变世界的契机。
これがまた皆さんに伝わって何か世界が変わるね部分になればいいかなと思いますが。
以上就是古典广播的特别篇。
ということで、以上、古典ラジオ番外編。
本期嘉宾是丸井集团代表董事社长青井博史先生。
ゲストはマルイグループ代表取締役社長青井博史さんでした。
非常感谢,谢谢大家,非常感谢。
ありがとうございましたありがとうございます ましたありがとうございます。
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